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100話記念 閑話休題 マリンくんちゃんの日常③

「あとは……あー、塩か。最近高いんだよな」


 街に出たオレは、買い物袋を持って店を巡っていた。最近は商店街の人とも仲良くなってきているので、声をかけられることも増えている。


「おーう、イザベル様んとこのメイドさん。今日は野菜が安いよ」


「ムルカさん。今日は野菜を買いに来てるわけじゃないから、また今度お願いするよ」


「そうかい? んー、しかし相変わらず別嬪さんだねぇ。ちょっとサービスしちゃうよ?」


「だからオレは……いや、いいか。ありがとう、じゃあな」


 オレはムルカさんにひらひら手を振って、八百屋を後にする。よく買い物をするお店はソルティさんというスパイス屋なのだが、今日は塩を仕入れてくれているだろうか――


「――ん?」


「ま、待ってください! 来月には、来月には払いますから!」


「だから! 今月に払えっつってんだろ!? いいんだぞ、うちの若い奴らがここで暴れても!」


「それだけは! それだけは勘弁してください!」


 スパイス屋さんは、商店街から一本横道に入ったところにある。だからいつも通りの場所を曲がって店に向かったのだが……どうにも騒がしい。

 オレが買い物袋を持ったままそちらへ向かうと、三下っぽい連中がこちらを睨んできた。


「おいテメェ! 何見てやがる!」


「見せもんじゃねえんだぞ!」


 馬鹿は全部で五人か。粋がった連中を見て……オレは軽い自己嫌悪に襲われる。


(鏡見てるみたいだ)


 過去の自分は振り切れない。

 姐さんと出会い、『商売』という物を学んで……。自分が如何に愚かなことをやっていたのか、やっと理解出来た。でもだからこそ、過去の自分がついて回る。

 こういう連中と一緒になって、「わが正義」を振り回していたあの頃を。


「オレは塩を買いに来ただけだ、テメーらの邪魔はしねえよ」


 そう言って、店に入ろうとする。しかし馬鹿の一人……金髪モヒカンが、オレの腕をつかんだ。


「だから取り込み中だっつってんだろ。塩なんざ明日にしろ明日に」


「明日もこの店があるかはわからねえけどな」


「「「ぎゃはははは!!!」」」


 大笑いする馬鹿達。そして金髪モヒカンはオレの顔を見ると、驚いたように目を見開く。


「お、おいこいつ!」


「あん? あ!」


 気づかれた。オレはやれやれと首を振って、その手を払い落とす。


「オレが誰か分かったんなら、どっか行けよ。不必要にボコられたくねぇだろ?」


 じろりと睨みつける――が、馬鹿達はそれを聞いた途端、さっき以上の大声で笑い出した。


「ぼこる!? テメェが俺らを!?」


「ぎゃははっは! 知ってんぞ、女顔のマリン! テメェが女に負けたってこと!」


「それで負けた挙げ句、女装してメイドをやらされてるってなぁ!」


「散々、威張り散らしてたテメェが! 女の格好して女の奴隷とか! 笑うしかねえだろ!」


 ああ、なるほど。今のオレは……界隈でそういう風に言われているのか。確かに他人から見れば、そういう風に捕えられても仕方がないが。

 坊主頭の男が、笑いながらオレの胸ぐらを掴んでくる。


「おう、弱くなったテメェに誰がビビるかよ! ああ!? なんなら、次はおれがテメェの御主人様になってやろうかぁ!?」


「お、いいなぁ!」


 今度は別の男……舌ピアスにチェーンを付けた野郎が、オレの背後に回って両肩に手を置き……そして腰に何か硬い物を押し当ててきた。ナイフだろうか。


「つーかこいつ……前からヤれそうだなって思ってたんだよ」


「お、オメーもか。へへへ……そうだよなぁ、こんな可愛い面してるもんなぁ。手ぇ出したいと思うのが当然だよなぁ……!」


 残りの奴らもにじり寄ってくる。手を出す、るーーいつだって、こいつらは暴力のことしか考えてない。

 それが求められる環境だから、それがこいつらの本能みたいなものだから。

 そして少し前のオレにとっても――


「んじゃあ、へへ。まずはスカートの中を確認させて貰おうかなべばらっ!?」


 ――坊主頭が、オレのスカートに手をかけて捲ろうとしたので、その顔面に膝を叩き込んでやった。

 膝の形に陥没し、首が百八十度後ろにのけぞる坊主頭。回りの連中が驚きで一瞬動きを止めている間に、オレは持っていた買い物袋を真上に放り投げた。


「な、何が――たぶし!?」


 さらに後ろに立つ舌ピアスのチェーンを掴み、そのまま裏拳を叩き込んだ。

 ブチッとチェーンに引っ張られ舌がちぎれる。喧嘩をしようっていうのに、こんな掴みやすい物を付けるなんて……余程マゾなんだろうか。

 驚いている金髪モヒカンの横っ面にハイキック。首が曲がっちゃいけない方向に曲がっているが、まぁ大丈夫だろう。頑丈そうだし。


「な、ななな……!? お、女にやられたんじゃなかったのかよ!」


「おかしいだろ! 弱くなったはずじゃ!?」


 慌てふためく、後ろにいた二人。そのうちの一人の首を片手で掴み、持ち上げて吊るす。


「がっ……かはっ、かへっ」


 ジタバタしてオレの腕を外そうとする三下。


「確かにオレは姐さんに負けた。だけどな、だからってテメェらが強くなったわけじゃねえだろ!」


 地面に思いっきり叩きつける。ぐしゃあっ! と派手な音を立てたその男は、ピクリとも動かなくなった。


「う、うわぁぁあああ!」


 最後の一人が大慌てで逃げ出したので、オレはレッグホルスターからナイフを抜き出して投げた。ふくらはぎに突き刺さり、男は頭から転ぶ。

 そのタイミングでやっと落ちてきた買い物袋をキャッチし、中身を確認する。……あちゃー、牛乳が溢れた。これだけ買い直しだな。

 オレは小走りでその男に近寄り、ナイフを回収するとともに脊椎を踏み潰した。


「がへっ……」


「呆気ないな」


 どうも姐さんとのスパーリングに付き合っているうちに、オレも強くなっているらしい。

 オレは欠伸を一つしてから、ソルティさんに話しかける。


「ソルティさん。落ち着いたら、カムカム商会の系列店か直接イザベル様の所に来てくれ。債務整理してくれるから」


「は、はぁ……。サイムセイリ……?」


「借金を正しい形にする……らしい」


 この辺は姐さんの説明を聞いてもよく分からなかった。だが……まぁ、ギャンブルで作った借金とかじゃない限りは、カムカム商会経由で姐さんが何とかしてくれるだろう。

 何ともならないなら、オレがお金を工面してもいい。


「……ど、どうしてそこまで?」


「どうしても何も」


 少しだけ、想像する。

 オレの行いを……姐さんがどう思うかを。


『余計な仕事増やすんじゃないわよ!』


 ……そう怒鳴られている、姿を。


「たぶん、そっちの方が皆喜ぶから。……んじゃ、後は塩をくれ。一袋でいいから」


「は、はぁ……っと、塩ですか!? わ、分かりました!」


 ソルティさんは呆気にとられた表情をするも、すぐに店に戻ってから大量の塩を持ってきてくれた。三、四袋はありそうだ。


「これはお礼です! 本当に、本当にありがとうございました!」


 重たい。こんなに貰っても……と思ったけれど、満面の笑みで渡されたら断るわけにもいかない。

 オレはため息とともに苦笑を返すと、踵を返した。


「じゃあ、ちゃんと来いよ」


「はい! ありがとうございました!」


 見なくても深々とお辞儀をしているのが分かる。


(見返りか)


 塩とお礼――十分な報酬だ。

 オレは笑みを浮かべて、その場を去るのであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「なんで牛乳買い忘れるかなー、オレ」


 夜……というか、もう深夜。

 オレは夜食を持って、だだっ広い屋敷の中を歩いていた。

 カーリーさんから、姐さんに夜食を持っていく大役を仰せつかったからだ。


「にしても夜食か。姐さん、こんな夜遅くに何してるんだろう」


 姐さんがやってることなんて、筋トレとお菓子を食べてる姿くらいしか知らない。


「まぁいいか。せっかくだし、オレもご相伴にあずかろうかね」


 ということで、秘蔵のワインも持って彼女の部屋の前へ。ひと際豪華な扉をノックすると、中から「入っていいわよー」という声が聞こえてくる。

 遠慮なく開けると――


「あら、アンタが来たの。まぁいいわ、その辺置いておいて。この資料終わったら食べるから」


 ――書類の山を、鬼のようなスピードで処理する姐さんがそこにはいた。

 ポカンとしながらオレが彼女に言われたところに夜食とワインを置くと、姐さんは頭をかきながらバインダーを取り出し、大きくため息をついた。


「んー……あー、そうか。この店はそういえば先月女の子が辞めたんだったわね。それなら売り上げが下がっても仕方ないか。費用はえっと、五千、八千……んー、おっけ、これなら本部から三万融資すればいいでしょ」


 パチパチと、棒に石を通した謎の物体を左手で弄びながら、ノートにさらさらと数字を書いていく姐さん。

 オレが呆然として立ち尽くしていると、姐さんは顔を上げてこちらを見た。


「マリン、ちょっとごめん。書類棚の上から二段目、左から三番目にあるファイルを開いてくれない?」


「えっ、あっ、はい。……姐さん、その左手のヤツ……なんスか?」


 彼女に言われた分厚いファイルを開きながら問う、姐さんは書類に目を落としたまま答えてくれる。


「これ? ソロバンよ、算盤。私は別に珠算持ってるわけじゃないけど……電卓が無い以上、これ使うしかないしね。慣れれば案外便利よ」


「ソロバン……ッスか」


 初めて聞く名前だ。

 どうも姐さんは……そのソロバンとやらで計算を行っているらしい。流石にこの量の書類を、暗算でまとめているわけではないようでホッとした。


「それ持ってき……ああいや、もし時間あるなら、そのファイルの半分より後ろに『今期売上』って付箋張ってあるでしょ? そこのページ、上から数字読み上げてってくれない?」


「はい。えーっと、二千、五千五百、六千、三千三百、千五百、二万、千八百、六千……」


 オレが読み上げていくと、彼女はそれに合わせて石をパチパチと弾く。


「千二百、六千五百、二千二百、三千二百……」


 暫くオレが読み上げる声とリズミカルに石を弾く音だけが部屋に響く。よく分からないまま読み進め、三ページ目を捲ったところで……姐さんから待ったをかけられた。


「マリン、アンタそのページの上から二番目、六千五百じゃなくて六千二百じゃない?」


 彼女に言われて、改めてその部分を見ると……確かに数字を間違えていた。これは五じゃなくて、二だ。


「す、すいませんッス。間違えましたッス。……ってか、よく分かったッスね。覚えてたんすか?」


「まさか。覚えてたんならアンタに読み上げ頼まないわよ。ある程度は頭に入ってるけど……今指摘できたのは、単純に数字が合わなかっただけ。じゃあ続きお願い」


「は、はい」


 結局六ページ分読み上げたところで、彼女はうんと伸びをして椅子の背もたれに体重を預けた。


「あー、疲れた。マリン、ありがとね。それと、夜食何?」


「おにぎりッスよ。カーリーさん特製ッス」


「わぁ、いいわね。一個投げて」


「うっす」


 オレは十個あるおにぎりの一つを彼女に投げつけると、姐さんは簡単にキャッチして一口で丸のみしてしまった。

 ……オレの拳くらいあるんだけど、あのおにぎり。

 彼女はもぐもぐと口を動かし、一息ついてからすぐに書類仕事に戻った。その光景をなんとなくぼんやり眺めていると、姐さんは書類から顔を上げずにこっちに話しかけてくる。


「もう一個投げてー。……にしても美味しいわね、流石はカーリー。それでマリン? どうしたのよ、ハトが豆鉄砲でも喰らったような顔をして」


 呆然と彼女の一挙手一投足を見ていたのがバレたらしい。おにぎりをむしゃむしゃしながら、姐さんが不思議そうな声を出した。


「えっいや……姐さんって、仕事出来たんだなぁって……」


「ハッ倒すわよアンタ!」


 とんでもないスピードで、万年筆が飛んでくる。それをキャッチしつつ、オレはポリポリと頭を掻いた。


「い、いやぁ……姐さんって昼間何してるか分かんないもんッスから」


「あんたねぇ……仕事してるに決まってるでしょ!? 私、領主よ!? 領主!」


 領主であることは知っているが、だからと言ってこんな大量の書類を捌けるほどだったとは思いもよらなかった。


「だって姐さん、どっちかっていうとあんま頭良くないじゃないッスか!」


「誰が馬鹿よ誰が! あんた雇い主によくそんなこと言えるわね!」


「例えばレイラさんの説明、戦闘に関わらないことだったら毎回五分で寝てるじゃないっすか」


「あんなもん、付いていけるカーリーとユウちゃんがおかしいのよ! 数式もいっぱい出てくるし、なんかよくわかんない魔法とか出てくるし!」


 いや、そうじゃない普通の説明の時も「……つまり?」とかやってる。


「趣味と言ったら基本筋トレ、食事は人の五倍ッスし!」


「この体だとお腹すくのよ! あと私、読書も好きだからね!?」


 ちなみに昼間のチーズフォンデュはとんでもない量あったけどぺろりと平らげておやつまで食べていた。どこにそんな量入るんだ。


「解決方法は脳筋ッスし、困ったらバイオレンス!」


「仕方ないでしょ! それが一番早いのよ!」


 いや普通ならキッチリ騎士団を呼ぶなり、事前に準備するなりするだろう。

 出たとこ勝負で突っ込んで、問題が起きたら蹴飛ばして解決がスタンダードスタイルの姐さんに、知性を見出すというのが野暮だ。


「そもそも、どうやってこの領地運営してると思ってたのよ!」


「いや、カーリーさんが……」


「あの子にこれだけの量の金勘定を任せられるわけ無いじゃない。簿記もよく分かってないのに」


 確かにカーリーさんよりは金勘定が出来る自信はある。実際、今も少し経理系のことを任せられているし。


「って、そうそう! 数字は苦手って言ってたじゃないッスか!」


「数字とか数学は苦手よ。でも簿記とかって数学とはまた違うし……お金の勘定は割と楽しいのよねぇ」


 そう言いながら、書類に目を落とす姐さん。

 ソロバンを弾き、唇を尖らせる。


「私が仕事してないって、酷いわね。明日は超ミニスカメイド服にするわ。ヘソ出しの」


「別に良いッスけど、男のヘソなんて見て楽しいッスか?」


 ぺろっと自分のメイド服をめくってみるが、やっぱりよく分からない。

 ソロバンを弾く姐さんを見ていると……オレが疑義の目を向けているからか、姐さんはため息をついて書類の山の中から一つのバインダーを抜き出した。


「んじゃ、アンタにも分かるように一個今日やった仕事を説明したげるわ」


「いいんすか」


「喋りながらでもこのくらい出来るから平気よ」


 彼女はパチパチとソロバンを弾くと、朗々と説明を始めた。


「まずこの資料見て。とある娼館についての資料よ」


 そう言って姐さん見せられたのは、数枚に綴られた資料。図やグラフが書かれているが、よく分からない。


「売上って書いてあるでしょ? それが右に行くに従って数字が伸びていってるのわかる?」


「えっと……あ、ホントッスね」


「しかし一方で、収益って項目はそんなに増えてないのも分かる? これは前年同期比なんだけど」


「……あ、はい」


 前年同期比……というのはよく分からないが、取り敢えず売上ほど収益が伸びていないのは分かった。


「収益っていうのは、売上から費用を引いた金額なの。つまり、売上と同じくらい費用が出て言ってるから収益が伸びてないってわけ。――じゃあ、何で費用が増えたのかしら。次の書類見てみて」


 彼女に言われて次のページを見ると……そこには費用の内訳、という項目で数字が並んでいた。


「衣装代が増えてるのよ。ちゃんと領収書もあったから、横領じゃない。……ってわけで、三日前にその店に確認しに行ったわ。――ああ、数字ミスった! んもう、やり直しじゃない」


 カチャカチャ! とそろばんを振る姐さん。ため息をついて、首を回している。


「それで、店長に話を聞いたら女の子のアイデアで衣装を統一したらしいのよね。……現代風に言うならコンセプト風俗かしら? とにかくそれで、物珍しさによるブーストと、その衣装が好きな固定ファンがついて売上が伸びたのよ」


 今度は肩のストレッチをした後に、ソロバン弾きに戻る姐さん。


「さっき言ったわよね? 収益ってのは売上から費用を引いた額だって。じゃあ収益を伸ばすためにはどうすれば良いと思う?」


「……売上を伸ばして、費用を削る?」


「正解」


 簡単な問いだったが、正解と言われたら気分は良くなる。


「でも今売上が伸びている要因は、コンセプトを明確化して衣装を刷新したから。ならそこの費用を無くしたら売上が伸びる要因も無くなるわよね? だから、衣装代を節約できるように……服飾系の商会と提携を結びに行ったの。これが昨日の話」


 そういえば昨日は、ユウさんとカーリーさんと一緒にどこかへ行っていたが……まさかそんな交渉をしていたとは。


「んで、その時に見せた資料が今あんたが見てるヤツ。これを見せて、その商会からついでに融資の約束も取り付けたわ。いやー、ユウちゃんがおば様ウケがいいのなんの」


 あっはっは、と笑う姐さん。


「それで宣伝する代わりに安く提供してもらう契約を取り付けたし、融資だけじゃなくて今構想中の割賦販売とリースの契約も取り付けた。社債発行のシステムについても説明したから今頃は……」


「ちょっ、ちょっと待つッスよ姐さん。今、レイラさんみたいになってたッスよ」


「あ、ごめん」


 姐さんは顔をあげて、てへっと舌を出す。ちょっと困った顔をしているが、まさか姐さんにレイラさんみたいってツッコミを入れる日が来るとは。

 オレはちょっと驚きつつ……感嘆のため息と共に、おにぎりを一つ頬張る。


「姐さん……仕事、出来たんすね」


「当たり前じゃない。殴り合いよりこっちが本分よ、私の」


 それは無理があると思う。

 姐さんはオレに説明をしながらも、既にファイル四つも制覇していた。昔ほんの少しだけ父親が書類仕事をしているのを見たことがあったが、ここまでのスピードではなかった。

 オレはおにぎりを食べきると、姐さんに話しかけた。


「姐さん、オレ……姐さんに弟子入りしたじゃないッスか。そんで最初は会計事務も手伝うって」


「言ってたわねー。結局、他の仕事手伝って貰ってるから金の方は全部私でやっちゃってるけど。でもそのうち任せると思うわよ?」


 彼女の仕事ぶりを見ていて、オレが何か手伝えると思えない。

 弟子入りという名目でお仕掛けたこの館。でも結局、学んだことは自分が如何に馬鹿だったか……だけだ。 姐さんは、自分を悪役と言っていた。そして同時に、父親……いや、オルカのことを小物だと。


「どっちも、あの時はよくわからなかったッスよオレ」


「あら、そう?」


 オルカは裏社会ではそれなりに大物だし、姐さんはどう見ても正義の味方だったから。

 しかし彼女の元で働くうちに、なるほどと思えた。

 オルカはどれだけ大物ぶっていても、所詮は一商会の頭であり、そこまでだった。

 人から慕われることもほぼなく、あるのは利害の一致のみ。強いものに従うのは人の道理だが、それのみでは大物にはなり得ない。

 実際、金払いが(まだ)良いとは言えない姐さんの元に……オルカがどれだけ金を積もうと動かせないような優秀な人材が集っているのだから。

 そしてもう一つ、確かに姐さんは正義の味方では無かった。


「姐さん、欲深いっつーか欲に忠実ッスもんね」


 姐さんは、欲深い。悪人以外全員が笑顔になる方法を考えて実践している。

 ……まあ、それがまさか喧嘩だけじゃなくて商売で発揮されてるとは思ってなかったけど。

 姐さんは最初はキョトンとした顔をしていたが……意味がわかったか、どっと破顔した。


「あっはっは、確かにね。今のメンツだって私の好きな子だけで固めてるし。仕事とか好きじゃないけど……お金を集めるのは楽しいし」


 オレは姐さんの元で働くうちに、自分の罪を自覚した。

 だから贖罪が必要だと思っていた。

 でも……違う、のだ。


「オレ、姐さんに蹴られて良かったっす」


「……ご、ごめんねマリン。変な扉あけちゃって……」


「あ、いやそうじゃなくて。いやそれもいいんすけど」


 やった罪を償うだけ……なんて勿体ない。

 それくらいじゃ、足りない。姐さんを見習って、もっともっと欲深くなりたい。

 大物になるために。


「姐さん、オレ……姐さんの一番弟子として! ドンドン仕事覚えるッスよ! それで、もっと出来ることを増やして、大物になるッス!」


 グッと拳を握る。

 姐さんに追いついて、いつか彼女の右腕と呼ばれたい。

 姐さんを見習って……どこまでも欲深く、どこまでも自分のために誰かを救う。

 全員、笑顔になるために。オレが奪った幸せ以上の人を幸せにするために。


「早速、手伝えること無いッスか!? なんでもやるッスよ!」


 隠していたワインを置いて、彼女に駆け寄る。

 夜はまだ長い。ほんの少しでも彼女から吸収しよう。

 おにぎりを彼女のテーブルに置いて、横に椅子を付けるのであった。




「……じゃあ、取り敢えず簿記ね。はい、ここ座って! ビシバシ行くわよ!」


「え、あの」


「はい、ほらここよ!」


 ……直接指導だと、姐さんってスパルタなんだな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] イザベル、マルチと頭の回転速度がすごい、記憶力も結構あるし、何で数学ダメなんだろう、真面目に聴けばすぐ理解出来なくとも、後で単語を聞けば分かるのに。 自分も意外だった
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