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100話記念 閑話休題 マリンくんちゃんの日常②

「いやー、助かりましたよマリンくんちゃんさん」


「一個でいいッスよ」


「じゃあマリンちゃんさん」


「……いや二個っスよねそれ」


 お昼。いつもはカーリーさんが一人で調理、配膳まで終わらせるのだが、今日は品数が多かったらしくオレにも手伝いを頼んできた。


「今日コレ、なんなんすか?」


「なんかイザベル様が『チーズフォンデュ、食べたくない?』とか言うから作ったんですよ。お昼ご飯に食べる物じゃないですよねこれ」


「まぁ……そうッスね」


 というわけでテーブルにはフォンデュするための食材が所狭しと並べられていた。小皿がどうしても多くなるので、人手が必要だったらしい。


「でもこれ食い切れるッスか?」


「余ったら全部みじん切りにしてパスタに混ぜます。特にイザベル様には文句を言わせずに食べさせます」


 強い意志を感じる。流石はカーリーさん、相変わらず十歳とはまるで思えない。

 姐さんから「私たちは転生者だから、見た目通りの年齢じゃないのよ」と聞いているが、だとしても見た目が十歳の彼女が家事を全部やってしまうのが凄い。

 だって魔法はあれど、体力は十歳の人と変わらないはずだし。


「そういえば、庭の手入れ終わりました? まだなら、午後からボクがやりますよ。その代わり、買い出しをお願いして良いですか?」


「あー、そうッスね。じゃあお願いします」


 午前中はレイラさんのラボの掃除で使い切ってしまった。そのせいで昨日姐さんから頼まれていた庭の手入れが出来ていないのだ。

 別にそのくらい午後で終わるが……カーリーさんの方が、庭の手入れは上手。代わってくれると言うならば、任せた方がイイだろう。

 決して買い物の方が楽だから、ルンルンで代わるわけではない。念のため。


「ああでも、街では気を付けてくださいね? 『組織』が狙ってくるかもしれませんから。念のため、ユウさんと二人で行かれます?」


「大丈夫ッスよ、これでも裏の界隈じゃちょっと名が知れてるんス。下町は庭みたいなモンですし、逃げるだけなら姐さんからだって逃げ切る自信があるんスから」


 なんなら、本来自分は姐さんやカーリーさんたちの護衛という身だ。それが彼女らに護られているんでは情けない。勿論、本当にジェイソンくらい強い奴が来たら迷わず逃げて姐さんたちと共に戦うが。


「……舎弟を締め直すって意味でも、ちょっと昔の集まりに顔を出すのもいいかもしれないッスね」


 そんな話をしていて、少し昔のことを思い出す。親のやっていることを知らず、ただ無法者を纏め上げていた日々のことを。今の彼らは、果たして今のオレをどう思うのか。

 ……裏切者と思うだろうか、それとも強大なバックを失ったとして蔑むだろうか。


(どっちにしても、行ってトラブルになンのは明白ッスよね)


 借金の取り立てなんて、むしろ正しいことだとばかり思っていた。


『借りた金は返す。そのやり取りで信用が生まれ、我々はその信用を担保に金を貸すのだ。故に、返さないで信用を失った者は客ではない。担保が無いのだから、何としてでも現物を戻させる』


 父親の言葉だ。人間以下の外道だったが……姐さん曰く、前半部分は『金融』において重要な考え方であって覚えていて損は無いとのことだ。

 しかし、父親が重視していたのは後半の方だった。つまり『何としてでも現物を戻させる』方。返せない奴が悪いのだから、何をしてもいいと。

 オレもそう思っていた――だからあの日、あんなことになるまで父親が何をしているか知らなかった。

 レイラさんは、他人の罪を背負う必要は無いと言った。であれば、あの時……あの時自分の振るっていた暴力は、果たして許されるのだろうか?


(今、裏は大混乱してる)


 混乱している時に、真っ先に狙われるのは表と裏の境界線にいる人達だ。

 オレがやってきたことは、到底許されないだろう。であればせめて……多少危険だろうが、裏にすぐ口出し出来るようなポジションには戻っておいた方がいいだろう。

 これ以上、被害者を出さないためにも。それは……裏に一番長く身を置いていた、オレのやらなくちゃいけないことだ。


「別にそんないろいろやんなくても大丈夫ですよ。トップであるイザベル様からして、テキトーなんですから。それなりにやってそこそこでいいんです」


 ほっ、とお皿を浮かべて持ち上げるカーリーさん。彼女は魔法を手足のように使うので、一人で十人分以上の働きをする。


「任されたことや、やりたいことをキッチリこなせばいいんですよ。何かのために、誰かのために――なんてのは『やりたいこと』の原動力にだけすべきです。『やりたくないけど、これは義務だ』なんてのは、適切な報酬が出ないならすべきじゃないです」


 適切な報酬。

 首に奴隷の首輪を付けている彼女から、そんな言葉が出るとは。

 オレが少し目をパチクリさせていると、カーリーさんは扉を開けて廊下へ。オレも慌てて残りの料理を持って、彼女の後ろを歩く。


「あ、そうそう。この帽子、新品なんです。イザベル様から貰ったお給料で買ったんですよ」


 料理を運びながら、いつも被っている帽子を見せてくるカーリーさん。男のオレには違いが分からないが、新品らしい。

 しかし気になったのは別のところで――。


「え、お給料出てるんすか?」


「はい。そりゃボクは首輪もありますし、イザベル様のことが好きですから……何にもなくても、彼女のために働きますよ? でも、それはそれとして『ちょっと面倒だな』を乗り越えさせてくれるのは、彼女への愛よりも報酬です」


 なんだか、だいぶドライな考えでは無かろうか。

 そうオレが思っていると、カーリーさんは先回りしたかのようにニコッと笑う。


「形に、言葉に出来ない愛なんて愛じゃないです。信頼じゃないです。たまたま直近で買ったから帽子のことを言いましたけど、報酬って別に形に残るものじゃなくていいんですよ。お礼で良いんです、言葉で良いんです」


「言葉……ッスか」


「はい。今ちょっと顔を曇らせていましたけど、その『やらないといけないこと』は、イザベル様から笑顔で『ありがとう』って言って貰えますか?」


 言われて、姐さんの顔を思い出す。

 オレがしようとしていることを、果たして彼女が喜ぶだろうか。


「んな危ないことしてんじゃないわよ! ……って、言うと思います」


「ならしない方が良いですねー。じゃ、その持ってる分をテーブルに置いたら皆呼んで来てください。特にイザベル様には、ノルマ三皿って伝えてくださいね」


「了解ッス」


 オレは料理を置いてから、部屋を出る。

 五人前の料理を殆ど運んでるカーリーさんを見て……オレ、いらなかったんじゃねえかなと思いながら。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「やぁ、マリンちゃん。今日も似合っているよ」


「あー……どもッス、ユウさん。あとオレ、男ッスよ?」


「知っているとも。そして君がカッコいい格好の方が好きなこともね。――その上で、似合っているから褒めたのさ」


 笑顔でオレの手を取り、甲にキスするユウさん。彼女が執事服なことも相まって、まるで自分が本当に女の子になっているんじゃないかとすら錯覚する。

 サッと彼女から目を逸らし、オレは一つ咳払いした。


「似合ってても、嬉しいかって言われたら微妙ッスよ」


「だが、どんな服装であれ着こなすのには相応の努力が必要だ。例えば、立ち方一つとってもその服装に合った物が求められる。キミがどう思っているかはおいておいて――しっかり、着こなせている。それは努力のたまものだ」


 ひらひらと飛んでくる蝶々。彼女はそれを指に止まらせてから、オレの頭に近づけてきた。


「僕はその努力に敬意を表しているだけさ。ほら、蝶々すらキミに止まりたがっている」


「……ありがとうございます」


 努力を誉められる……というのはなかなか無い経験なので、少し驚く。大して努力しているつもりは無いが、それでも人生で初めて履いたスカートだから、翻らないように気を付けたりはしている。

 それを努力と思い、褒めてくれるというなら――まぁ、結構嬉しいかもしれない。


「それはそうと、今から買い出しかい?」


「あ、はい。そうッス」


「大丈夫かい? 一人で。僕も一緒に行こうか?」


 喧嘩というか腕っぷしで心配されるのも、この館に来なかったら無かったことだろう。というかこの屋敷、人外レベルの強さの人が多すぎる。

 自分が井の中の蛙だったとは思いたくないが、ここにいる人たちが一人でも裏稼業をやっていたら……たぶん勢力図が一夜で変わっていた。


「大丈夫ッスよ、行って帰るだけですし――敵もそんなに多くないッスから」


「それならよかった。あ、そうそう。僕はこれから女神の鍛錬に付き合うんだけど、買い物が終わったら付き合ってもらえるかい?」


「……ああ、あれッスか」


 姐さんの鍛錬というのは、体術訓練。彼女は一人の時は自重トレーニングとマシントレーニングをやっていたそうだが、オレとユウさんが加わってからはスパーリングを主に行っている。

 スパーリング、つまり練習試合なわけだが……。


「なんで本人は一つ三十キロくらいある重りを付けて、オレらと同じくらいのスピードで動くんスかね」


「まぁ女神だからね……」


 どうせ技術なんて身につかないから、『技に対する防御』を覚えると言っているけれど、その防御すら本人のごり押し身体能力なのだから恐れ入る。

 彼女に土を付けられる生命体が、果たしてこの世に存在するのだろうか。


「そんな彼女でも、ゴブリンキングの時はからめ手で痛い目を見ているらしい。最強だけど、無敵じゃない――それは僕らも覚えておくべきだろうね」


「そうッスね。んじゃ、オレはそろそろ行くッス」


「そうだね、じゃあ――へっくしょん!」


 彼女がくしゃみをした瞬間、ばるん! と執事服の胸ボタンがはじけ飛ぶ。ユウさんは恥ずかしそうに笑うと、よっこいしょと胸元を隠した。


「あ、あはは……。その、サラシがすぐに外れちゃうんだ……」


 ユウさんの照れ笑いとはまた珍しい物が見れた。というか、普段から服の上からでも分かるほど胸が大きいのに……さらに潰していたのか。


「僕、本格的に男装するのは今が初めてだからね……はぁ、キミを見習って、もっと着こなせるように頑張るよ」


 苦笑するユウさん。彼女に見習われるというのはなんとなく、むずかゆい気がするのであった。


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