第七話 暴露
「まずは、嘘を吐いてまで俺をここへ呼びつけた訳を聞こうじゃねぇか。先刻の話にも関わりがあるんだろ?」
ラルグはやや鋭い目つきでジルとルイズを交互に見る。ジルは少し硬い表情をしているが、ルイズは涼やかな顔で啜っていたティーカップのお茶をカチャリと置く。
「話をする前に確認したいんだがね。お前さんは、あたしらがカルド村に越してきてから何かと気にかけてくれたね。そんなお前さんから見て、あたしら2人は悪人に見えるかい?」
どういう意図の質問なのかと一瞬考えるが、ラルグはすぐに答えた。
「見えねぇな。この2年ばぁさんとメルクを見てきたが、2人とも村人と良好な関係を築けているし、問題になる行動も起こしてねぇ。俺は長年冒険者をやってきたからな。悪人や姑息な人間ならすぐに分かる。」
「なら……あたしらが本当は重罪人だって話したらどうする?」
「ルイズ様……!」
ルイズの言葉を聞いてジルが慌てて止めようと口を挟むが、ルイズは一瞥してそれを制す。ラルグも少し驚いたように目を見開くが、ルイズの真剣な表情を見て、再び真面目な表情に戻る。
「……俺は忠誠心旺盛な武官や規律に厳しい官吏でも無ぇ。自分や家族、村人に危害が加わるなら、役人に突き出すか、自分で片をつける。そうでないなら俺の知った事じゃねぇな。」
「……知った事じゃないか。お前さんらしいね。」
ルイズは一度フッと苦笑いを浮かべるが、すぐに真剣な表情になる。
「ラルグ。今から話す事は他言するなとは言わない。お前さんが必要だと思うなら何処へでも伝えてもらって構わない。……あたしは錬金術師なんだよ。」
ラルグは先程より更に目を丸くして明らかに動揺した様子だ。
「なっ!?錬金術師!?……!」
驚きで声が大きくなるが口を押さえて無理やり飲み込む。そして声量を落としながら確認する。
「ばぁさんが錬金術師なんて俄には信じらんねぇよ。だいたい、錬金術師は滅んだって話だろ?」
「お前さんが信じようが信じまいが本当の話さ。あたしは錬金術をメルクに学ばせる為に、かつて従者をさせていたジルを頼ってカルド村に来たんだ。」
ラルグがジルを見る。
「従者だって?って事はなんだ?ジルも錬金術師なのか?」
ジルは苦笑いを浮かべながら首を振って否定する。
「私は錬成術師ですよ。ただ、錬金術を学びたくてルイズ様のお屋敷に押しかけたんです。師事する事は断られましたけどね。」
ラルグは「うーん」と唸りながら腕を組み考える。
「やはり簡単には信じらんねぇな。そもそも俺には錬成術と錬金術の違いも分かんねぇんだ。錬金術はヤベェ術だって知識しか持ってねぇ。大概の人間がそうだろうよ。」
「確かにそうかもしれないねぇ。なら手っ取り早く錬金術の効果を試してみるかい?……どれ、これを見な。」
そう言うとルイズはマジックルームからポーションの小瓶を2本取り出した。
「これはどちらも同じポーションなんだが、こっちの薄黄緑色が錬金術で作ったポーションで、こっちの深緑色が錬成術で作ったポーションだ。」
ふむふむとラルグは小瓶を覗き込む。
「じゃぁ、ラルグこれを飲んでみてくれ。」
ルイズはマジックルームから濃いオレンジ色の液体が入った小瓶を取り出し、ラルグに渡す。ジルとメルクは酷く苦い顔をしている。
「こいつもなんかのポーションか?なんだ2人してその顔は。まさか毒じゃねぇんだろ?」
「飲めば分かるさ。」
ルイズはニコリと笑う。ラルグは少し眉を顰めるが、小瓶を手に取ると一気に飲み込んだ。
「ん……特に何の味もしな……グッ……!」
内臓が焼ける様に熱くなり、ラルグは言葉を止めた。
「な……んだ……これは……一体……何を……!」
悶えるラルグにルイズは落ち着いた声色で話す。
「そいつは『カルミネの火』とい言う毒でね。飲むと内臓が焼ける様な感覚に襲われる。本来は大量の水に入れて使うんだが、今飲んだのはそのまま飲めるように調整してあるから死にゃしないよ。」
「そ……言う……問題じゃ……グゥ!」
ラルグは机に体を預ける様にして荒く息をする。
「さぁ、早くこいつを飲みな!正真正銘、解毒薬だよ!」
そう言うとルイズは深緑色の小瓶を渡す。ラルグは言われた通りすぐに薬を飲むと、内臓の痛みが和らぐ。
「はぁ……はぁ……だいぶマシになった……。おい、ばぁさん試すならしっかり説明してくれ。流石の俺も怒るぞ。……くそっ!まだ内臓の熱さが消えねぇ……。」
「すまなかった。だが、毒だと言われて飲む奴はいないだろう?さぁ、次はこっちを飲んでみな。」
謝罪もそこそこにルイズは薄黄色の小瓶をラルグに渡す。ラルグは恨めしそうな顔をしているが、やはり素直に薬を飲む。それだけルイズを信用しているという事だろう。
薬を飲み干すと、恨めしそうなラルグの表情がみるみる驚きと喜びに変わっていく。
「お!なんだこれ!凄いな!さっきまでの不快感が嘘みたいに消えたぞ!」
その様子を見て、ルイズはフッと笑う。
「これが錬成術と錬金術の違いさ。物にもよるが、ポーションなんかだと錬成術の物より5〜8割増しになるんだ。今飲んだのはどちらも『カルミネの癒し』って薬さ。本来は自己治癒力と免疫力を高める効果なんだが、カルミネの火の解毒剤としても使われるんだ。」
「すげぇな。錬金術。助かったぜ。最初のポーションで軽くなったとはいえ、あの不快感を抱えたまま居るのは難義だったからな。ありがとよ。」
ラルグは素直に感心する。しかし、そもそもラルグに毒を盛ったのはルイズなので完全にマッチポンプになっていた。
「これであたしが錬金術師だって信じてもらえたかい?」
「そうだな。自分の身をもって経験したからな。まぁ、他に方法は無かったのかと言う気持ちも大きいが。」
ラルグがルイズは錬金術師だという事を信じたところで改めて問う。
「それで?あたしは錬成術師のフリをした錬金術師だった訳だが、お前さんはどうすんだい?お役人さんに引き渡すかい?」
場の雰囲気が再び変わり、ラルグは腕組みをして目を閉じる。暫くすると考えが纏まったのか、はっきりとした口調で話し始めた。
「いや。どこにも報告し無ぇよ。ばぁさんが錬金術師でも悪人では無いと俺は確信しているんだ。メルクやジルも同じだ。錬金術で悪事を働くつもりは無ぇんだろ?」
2人は静かに強く頷く。
「なら何の問題も無ぇ!ただ、錬金術が禁忌なのは変わらねぇから、大袈裟な活動はこれからも控えてくれよ?錬金術師だってバレねぇんだったら村のために協力してほしいくらいだがな!」
そう言うとラルグはカラカラと笑ってからカップのお茶を全て飲み干す。ジルはそれを見てすぐにお茶を足していた。
「ばぁさんが錬金術師だった件は俺の人生で1番驚いた事かもしれねぇな。それで?何で急に暴露する気になったんだ?」
「あぁ、そりゃぁジルが錬金ポーションを使った事がリクトルーゼ侯にバレちまったからさ。」
ラルグは飲みかけのお茶を勢いよく噴き出す。
「は!?え!?ば、バレた!?領主様に!?」
「正確にはバレたかもしれないって感じだね。あのトニルとか言う側近の口振りじゃぁ、完全に尻尾を掴んだって感じでは無いと思うよ。ただ今回の訪問で、何かしらの情報を持っているとは思ってるんじゃないかい?」
全く慌てず、お茶を飲んでいるルイズにラルグは顔を青くする。
「冗談きついぜ……。よりにもよって領主様にバレてるかもしれないなんてよ……。こうなりゃ俺が領主様に直談判してカルド村だけでも守らねぇと……。」
「はぁ。お前さんもかい?落ち着きなよ。そうさせない算段を付けるために、危険を犯してまでお前さんに秘密を暴露したんだよ?」
ルイズはこめかみを抑えながら溜息を吐くと、パンパンと手を叩いて大きめの声を上げる。
「さぁ!作戦会議といこうかね!」
数ある小説の中から『Alchemy Record』をお読みいただきありがとうございます。ご感想を頂ければ創作意欲も高まりますので、是非お待ちしております。