第六話 メルクのお使い
星の家を飛び出したメルクがまず向かったのは村役場だ。途中、道具屋やら雑貨屋やらが立ち並ぶ『商店区』を走っていると、そこかしこから声がかかる。
「お!メルク坊!そんなに急いでどうしたんだ?」
「ちょっと村長に用事ー!」
「なんだお使いかい?偉いねぇ!用事が済んだらうちに寄んなよ!お駄賃に今日取れた野菜を分けてやるよ!」
「ありがとー!でも今日は行けるかわかんないー!」
「メルク後でうちにも寄ってけよ!お前のばぁさんに貰ったポーションがよく効いてなぁ!お礼に今日獲れた鹿肉持ってってくれや!」
「それは後で貰いにくるー!」
最初は人見知りだったが、慣れてくれば人懐っこく、明るく元気な性格も相まって、カルド村では人気者だった。それからも道ゆく人に声を掛けられながら走り、村役場に到着した。昔より体力は付いていたので息切れもしていない。メルクは役場の扉を開け、受付の女性に声をかける。役場だけあって流石に服装も外の村人とは違い、きっちりとしている。
「すみませーん!」
カウンターと同じくらいの背丈のメルクを覗き込むように受付の女性は身を乗り出した。
「あら、メルク君じゃない。どうしたの?お使いかしら。」
優しそうな女性はふふふと笑いながら用件を尋ねる。
「カイラさん!村長さんいる?えっと、収穫祭の露店の件で話があるんだ!」
「あら、そうなの?露店の話し合いなら昨日もあったと思うけど、まぁ毎年揉めるものね。でもごめんなさい。今ラルグさん居ないのよ。急ぎじゃないなら帰ってきたら伝えとくけれど、どうする?」
「村長さんがどこに行ったか教えてくれたら自分で走ってくよ!」
ルイズからすぐに連れてこいと言われていたので、カイラに村長の居場所を尋ねる。
「そう?少し前に伯爵様の側近の方をお見送りすると言って北門に向かったわよ。あ、側近の方とお話ししてたら邪魔しちゃダメよ?」
「分かった!ありがとうカイラさん!」
メルクは手を振って役場から出て行く。カイラも笑顔で手を振っていた。
北門があるのは役場前の道を北へ真っ直ぐ進み、畑や牧場が多くある『農村区』を抜けた先だ。因みに、役場がある近辺を『行政区』と呼んでいる。村といっても明らかに都市機能が備わっていた。ここでもメルクは村人たちから声をかけられる。
「おやメルクじゃないか。こんなとこまでどうしたんだい?」
「村長に用事!」
「ああ、さっきここを通ってったぞ。なにか偉そうなお連れさんも一緒だったなぁ。」
「ありがとう!」
メルクはパタパタと手を振って、畑に居る村人たちにお礼を言う。それから少し走ると、目的の門が見えてきた。門に近づくと大きな体躯のラルグと、知らない男が何やら話をしている。先刻カイラから邪魔をしないようにと言われていたので、メルクは黙って話が終わるのを待っていた。
「トニル様、本当にトルニドに戻るんですかい?ポーションの補充で他の訪問地に行くとか言ってませんでした?」
「えぇ。ジル殿に頼んで……色々と事足りましたからね。トルニドに仕事も残してますから、あまり帰りが遅くなるとザース様に怒られてしまいますよ。」
トニルが苦笑いを浮かべながら頬を掻く。
「ジルと言やぁ、星の何とかってのは何なんです?あんな動揺したあいつを見たのは初めてですぜ?」
「あぁ……その事は忘れてくださると助かります。ラルグ様も政治のゴタゴタに巻き込まれたくはないでしょう?」
「……。」
ラルグは言葉は発しないが、やや威圧的な目でトニルを見る。
「まぁ、ジル殿のことは心配要りませんよ。……ところで、あちらのお子様はラルグ殿のお知り合いですか?」
トニルがメルクの方へ視線を向けると、ラルグもメルクを見つけた。
「お、おぉメルク!どうしたお前こんなところまで来て。ジルのお使いか?」
ラルグからは先程の威圧感は消えており、柔らかで頼りになる雰囲気を纏っていた。
「あ、その、ばぁちゃんから村長を連れてこいって。……収穫祭の露店の事で……。」
カルド村に来てメルクの人見知りもだいぶ軽減したが、まだ初対面の人間が居るとぎこちなくなってしまう。
「収穫祭の露店?そりゃ昨日話し合ったぜ?まだ場所取りで揉めてんのか?」
「そうみたい。」
「かー!いい大人が揃いも揃って!分かったすぐに行こう!案内してくれ!すまないなトニル様、俺はちょっと野暮用が出来ちまったからここらで失礼しますぜ。」
トニルは首を振って答える。
「いえいえ。何も気にする必要は有りませんよ。貴方は本当に村民から慕われて居るようです。私のことは構いませんので、どうぞ行ってあげてください。」
「あ、あの!話の邪魔してごめんなさい。」
メルクが謝ると、トニルは優しい笑みを浮かべて頭を撫でる。
「構いませんよ。貴方はジル殿のお店で錬成術を学んでいる子ですか?まだ小さいのに立派なものです。貴方が優秀な錬成術師になれば是非お仕事を受けて頂きたいですね。お勉強、頑張ってください。」
「あ、ありがとうございます。」
メルクはトニルに一礼するとラルグを連れて元来た道を戻る。トニルは走り出した2人の背中が見えなくなるまで見送り、馬車に乗り込んだ。
メルクから目的地が星の家だと聞いたラルグは、何故ジルの店なのかと一考するが、すぐに行けば分かるかと考えることをやめた。メルクとラルグは道中寄り道せずに走ったので、思いの外早く星の家に到着する。ラルグはともかく、メルクは流石に疲れが出ていた。乱れた呼吸を整え、勢いよく店のドアを開ける。
「ただいま!村長さん連れてきたよ!」
メルクが入店すると、ルイズとジルがハッとした様子でこちらを見る。ラルグも店内に入り、2人に軽く挨拶をする。
「よぉ、ばぁさん。ジルはさっきぶりだな。露店の話って事だが、何があったんだ?揉め事か?」
「あぁ、すまないねぇ。急に呼びつけちまって。露店の話ってのはお前さんを呼びつける為の口実でね。……トルニドに戻る伯爵様の側近を見送っていたんだろ?メルクが失礼を働いたんじゃないかい?」
ルイズは、にこやかにラルグを労う。
「なんだ嘘かよ!慌てて損したぜ。……あー、トニル様はポーションの目処がついたそうで今頃は馬車の中だろうな。メルクも特に失礼な事は……ん?待て待て。何でトニル様を見送ってた事を知ってんだ?」
ルイズの発言にラルグは疑問を抱く。ルイズはずっとこの店に居たので、ラルグがどこで何をしていたかなど知る由もない筈なのだ。
「いや?ただの推論さ。ジルから側近殿が次の訪問先に行くと聞いていたからね。この村には北と南2つの出入り口しか無いんだ。南門から来たならメルクの息はこんなに上がらないさ。役場から来た場合もね。と言うことは北門に居たという事だろう?北門からの行き先は色々あるが、そこはババァの勘ってもんだ。」
感心と驚きの混ざった表情でラルグは「ほぉ」と唸る。
「凄ぇばぁさんだぜまったく。」
「伊達に長生きしてるわけじゃ無いんだよ。」
ルイズはフンと鼻を鳴らす。そんなルイズを見てメルクは目を輝かせ、ジルも感心していた。
「立ち話もなんだし、そこの机で話そうじゃないか。ジル。お茶を淹れてくれるかい?」
ジルは「かしこまりました」と言って、お茶の用意に向かった。残った3人は商談用スペースへ移動する。
「ばぁさんの推論と勘には驚かされたぜ。錬成術師ってのは頭も良くなきゃいけないもんなのか?」
「……さぁ、どうだろうね?私にはよく分からないから、ジルにでも聞いてみればいいさ。」
「ハハハ!ばぁさんが分かれねぇもんがジルに分かる筈無ぇじゃねぇか!メルク!おめぇもばぁさんみたいな頭の良い錬成術師に慣れるといいな!」
ルイズが質問を軽くいなすとラルグは豪快に笑ってメルクの頭をわしゃわしゃと撫でた。
程なくしてジルが4人分のカップとお茶を持って現れる。
「……さっきも思ったんだが、お茶を準備する速さが尋常じゃねぇな。魔法か?」
「いえいえ、ただお湯を沸かしてあるだけですよ。店を開けている時はいつ来客があってもいいように常に湯を沸かしているんです。」
「ほぉー、見上げた接客魂だな。薪代もバカにならないだろうによ。」
ジルはふふふと笑いながらそれぞれのカップにお茶を注いでいく。因みに、ジルがお湯を沸かす時に使う燃料は薪では無く、錬成術で作った蝋燭のような物だ。安定した火力で火持ちも長い。薪を収入源にしている人間が聞いたら卒倒するかもしれない代物だ。
全員のカップにお茶を注いでからジルも席に着く。ラルグはお礼の意を込めて、カップをヒョイっと上げてからお茶を飲んだ。一口目を飲み込むと、表情を引き締めて質問する。
「……。まずは、嘘まで吐いて俺をここへ呼びつけた訳を聞こうじゃねぇか。」
雰囲気が一気にピリッとするのを、メルクは肌で感じていた。
数ある小説の中から『Alchemy Record』をお読み頂いた方には感謝しかありませんが、ご感想を頂ければ創作意欲も高まりますので、是非お待ちしております。