第五話 星の雫
「できた!できた!ばぁちゃん!これで分離もマスター!?」
「一回出来たくらいではしゃぐんじゃないよ!気持ちは分かるけど静かにしな!」
メルクを諭しながら、ルイズは音風をジルに飛ばす。
『ジル。お客は帰ったのかい?』
普段であればすぐに返事を返すジルだっが、ルイズの問いかけに一向に答える気配がなかった。
「おかしいねぇ。メルク!店の様子が変だ。あたしが見てくるからお前はここで待機してるんだよ?」
「店が変って?」
ルイズが急に声のトーンを落とした為、メルクも落ち着きを取り戻す。
「さっきから音風を飛ばしてジルに話しかけているんだが返事がないんだよ。」
「……それは確かに変だね。ジルさんならばぁちゃんに声かけられた瞬間に返事するもんね。分かった。僕はここで待ってるよ。」
ルイズは頷くと店舗に向かった。バックヤードと店舗の間にある暖簾を少し開け、店を見渡す。すると、部屋の隅にある机にジルが俯きながら座っていた。ルイズはもう一度全体を見渡してからジルに近寄って直接声をかける。
「ジル。……ジル・カースティン!!」
「ッ!!」
ルイズにスパンッと頭を叩かれ、驚きつつも我に帰るジル。
「お師匠……。気が付かなくて申し訳ありません。坊ちゃんの修行はひと段落したんですか?」
店舗にまで響くメルクの大声に、ジルは気が付かなかったらしい。
「こりやぁ、重症だね。ジル。一体何があったんだい?領主の側近と何の話をしたんだ?」
「何を……体力回復ポーションの大口依頼を受けて……ある薬について聞かれました。」
「薬?」
ルイズの眉がピクリと動く。ジルはおずおずと頷いて、トニルとの会話をルイズに伝える。
「なるほど……。ジルの話から推察するに、今回の目的は十中八九その『星の雫』だね。ポーションの在庫不足の話が本当だとしても、トルニドには錬成術師ギルドもある。わざわざ領主の側近が各地に出向く必要なんか無いからね。」
「そう……ですよね。」
ルイズはフーッと長く息を吐く。
「それで?『星の雫』ってのはどう言った代物なんだい?」
未だにどこか落ち着きのないジルに、ルイズが尋ねる。
「……『星の雫』とは、私が作製した解呪のポーションです。7年前……ルイズ様達と別れてから1年後に……友人が呪いを受けてしまいましてね。すぐに魔術師に解呪を依頼したのですが、呪いが強すぎたせいで上手くいかず……。」
「お前がポーションを作ったと。」
ジルがコクリと頷く。ルイズはどうやら『星の雫』がどう言った代物か察しがついたようだ。
「ジル。お前を我が家に迎え入れた時……最初に言ったことを覚えてるかい?」
「勿論です……。『錬金術を使うなら命を賭けろ』と仰っていました。」
「そうだ。ただ、賭ける命はお前だけじゃ無い。周りの人間も含めてって話さ。例え人助けの為でもね。」
無言で俯くジル。ルイズは落ち着いた声色のまま話を続ける。
「どんなに性能を高めたポーションでも呪いを解くなんて絶対にできない。呪いを解くには解呪の魔法を使うしか無いからね。だが、解呪の魔法を『付与』した錬金術のポーションであれば可能だ。……お前は錬金術を使ってポーションを創り出し、友人を助けた。そうだね?」
ジルは俯いたまま重たい口を開く。
「……向こう見ずな行いだったと思っています。ですが……友人を救うには他に方法が思いつきませんでした……。」
ジルはスーッと息を吸って顔を上げる。落ち着こうと努めているが、焦りの色が表情に出ていた。
「お師匠、私は領都に向かいます。トニル様にお話をしなくてはなりませんので。」
「それで?」
「……それで、とは?」
ルイズは腕組みをしながらジルに問う。
「トルニドに行ってどうすんだい?『自分は友人を救う為に禁を犯し、錬金術を使いました』って説明すんのかい?その後の事も考えてんのかい?」
ジルは再び黙ってしまう。ルイズは諭すように語る。
「過去を清算するのはお前の勝手だが、さっきも言ったように、事はお前の命1つの問題じゃないんだ。その友人もタダでは済まないだろうね。何しろ錬金ポーションを飲んだ貴重な人間だ。……使い道は多いだろうさ。村人もだよ。全員徹底的に尋問されて、お前と関係あろうがなかろうが何かしら罰を受けるだろうね。……シルド内戦後に錬金術師や周りの人間がどういう扱いを受けたのか知らない訳じゃ無いだろう?」
「……ですが、このままではどちらにしてもカルド村を巻き込んでしまいます。村人に危害を加えない様に嘆願すればもしかしたら、と。それに友人……リゼさんも心配です……既に尋問されているかもしれないと思うと……」
ジルはズボンをぎゅっと握り込む。その手は小刻みに震えていた。
「慌てるんじゃ無いよ。今のお前は冷静さを欠いてんだ。また向こう見ずな事をして同じ失敗を繰り返す気かい?……とりあえず落ち着きな。」
「しかし……」
反論しようとするジルを片手で制し、ルイズは話を続ける。
「だから落ち着きな。放任だったが、お前が錬金術を覚えるきっかけを作っちまったのはあたしなんだ。元を辿れば今回の件もあたしに非があると言って良い。どんな職業でも、弟子の間違いは師匠の責任なのさ。間違いを起こしたら師匠は力を貸すのが筋ってもんだよ。……メルク!そんな所に居ないでこっちに来な!」
ジルが驚いた表情でバックヤードの方を見ると暖簾の影からおずおずとメルクが顔を出す。
「バレてた……。」
「当たり前だよ。あんだけ暖簾をひらひらさせてたらバレない方がどうかしてるってもんだ。」
「坊ちゃん……いつからそこに?」
「ジルさんが錬金術のポーションを作ったって辺りから……。」
「ほぼ最初からじゃ無いか。あたしは待っていろと言った筈なんだかね?」
ルイズが呆れたように呟くと、メルクはバツが悪そうに頭をかいた。
「まぁ、聞いてたんなら話が早い。メルク、お前は今すぐに村長をここへ連れてきな。もしも領主の側近が居たら収穫祭の露店の件だと言うんだ。毎年場所取りで揉めるからね。村の揉め事に領主の側近を連れてくる事はまず無い。良いかい?必ず村長1人だけだ。他の者は連れてくるんじゃ無いよ。」
「ん!了解!行ってくる!」
メルクはビシッと敬礼してから急いで店を出ていく。それを確認して、ルイズは『星の雫』について材料や作製方法などの詳細をジルに尋ねる。ジルは包み隠さず全てをルイズに話していった。
「……正直、ほぼ独学みたいな学び方でよく作れたと思うよ。抽出の精度、混合の割合、付与の強さ、それぞれが一流以上の腕でなけりゃ作れないよ。」
ルイズは素直に感心する。メルクの様にしっかりと師事した訳でもなく、ルイズの錬金術を見て学んできただけなのだ。ルイズからしっかりとした教えを受ければ、間違いなく一流の錬金術師として大成していただろう。
「無我夢中でしたから……。作製時の記録も取っていなかったんです。以前、もう一度同じ物を作ろうとしましたが失敗してしまいました。何故あの時、星の雫が作れたのか自分でも分からないんです。」
ふむ。とルイズは顎に手を当てて考える。
「ジル。星の雫の材料はこの店にあるのかい?」
「え、えぇ。有りますが……。ま、まさか作るんですか!?」
「そのまさかだよ。星の雫はどうやら基本が錬成術で、付与のみ錬金術の要素が入っている。なら初めから全て錬金術の要素で作製したらどうなるのかって思ってね。こんな時にやる事じゃぁ無いが、あたしは気になったら止められない質なんだ。」
ルイズはニカッと笑いながら答える。そして素材を取ってくるようにジルを急かした。ルイズに急かされるままジルは素材取りに行く。暫くすると様々な素材を抱えて戻ってきた。
「これが星の雫に使った素材です。」
「ふむふむ。祝福儀礼済みの聖水、呪怨茸、虹彩鳥の産毛、毒ムカデに、写身の水銀、それからこれは治癒のポーションだね。良い出来だ。」
ルイズは素材を一つ一つ確認していく。そして素材に手を翳すと、素材と手の間に魔法陣が現れ、星の雫に必要な成分を分離し始めた。
「まずは聖水から破邪退魔の効果を分離、完了。呪怨茸から呪詛の効果を分離、完了。虹彩鳥の産毛から生命力活性化の効果を分離、完了。毒ムカデから侵食の効果を分離、完了。写身の水銀から複製の効果を分離、完了。治癒のポーションから状態異常回復の効果を分離、完了。」
分離された成分は空中に留まるように浮いている。そこから少しずつ成分を取り、合成を始める。今度は両手を胸の前で構えていた。構えた手と手の間には別の魔方陣が浮かんでいる。
「破邪退魔、呪詛、生命活性化、侵食、複製、状態異常回復を全て等分に合成開始。……おや失敗だ。なら次は2:1:2:1:2:2の割合で合成。……これもダメかい。」
ルイズの胸の前で構えられた魔方陣が揺らいでは消失を繰り返す。その様子をジルは黙って見ていた。分離した成分が無くなる頃、ついに星の雫のベースが出来上がったのだが……。
「またダメだ。だけど形にはなってきたね。ジル!今の合成比率記録してるかい?」
「はい。破邪退魔、生命力活性化、状態異常回復を2:3:5で合成し『病魔避けの薬』の作製に成功。呪詛、侵食、複製を2:4:4で合成し『呪詛毒』の作製に成功。最後に前者と後者を7:3の割合で合成しておりました。」
「ありがとう。だが、すぐに分離しちまって使い物にならないねぇ。鑑定するにこいつは飲んだ者が受ける効果を倍増するようだ。解呪の魔法を掛ければ強力な解呪のポーションになるんだろうね。繋ぎになる素材さえあれば良いんだろうけど……本当に、あんたどうやって成功させたんだい?」
ルイズは目を細めてジルに尋ねると、ジルは落胆した様子で答える。
「無我夢中だったからといって何の記録も取っていなかった自分の未熟さに腹が立ちます……。錬金術師……いや、錬成術師としてもあるまじき愚行です。」
「あー、すまないね。あまり自分を責めないでくれ。だが、コイツが完成すれば今回の件の切り札になると思うんだがね。」
「切り札……ですか?」
ルイズには何か考えがあるようだが、ジルには想像もつかない。2人がそれぞれ「うーん」と頭を悩ませていると、店のドアが勢いよく開く。
「ただいま!村長さん連れてきたよ!」
そこには息の上がったメルクとラルグが立っていた。
数ある小説の中から『Alchemy Record』をお読み頂いた方には感謝しかありませんが、ご感想を頂ければ創作意欲も高まりますので、是非お待ちしております。