第三話 錬金術師とアルケミレコード(2)
メルクの質問にルイズはコクリと1つ頷いた。
「今までは剣を更に鋭くしたり、ポーションの効果を高めたりと、平たく言えばただ強くするだけだったんだ。それが錬金術だと鉄分を含んだ土さえあれば、より上質な剣が出来ちまう。他にも常識ではあり得ないマジックアイテムを作ったり、金を無尽蔵に生み出したり、ポーションの効果を限界まで高めて死者を蘇生する薬も作った。錬金術で作られたアイテムはどれもこれも規格外だったんだ。常識外れの代物は人の心を惑わせる。錬金アイテムを巡って各所で紛争も頻発してね。錬金術は次第に忌避され始め、遂に革新派は錬成術師を破門されちまったのさ。」
話を続けるルイズの横で、ジルがコップにお茶を注ぐ。その際中もルイズは話を続けた。
「破門された革新派は錬金術師を名乗った。余談だが、当時の錬金術師が作ったとされるいくつかのアイテムは今でも伝説級のアイテムとして現存しているんだよ。神殿騎士長に与えられる『聖剣』なんてのが有名だね。鋼をあっさり切り裂く切れ味に、刃こぼれひとつしない強靭さ、この世の物とは思えない代物さね。」
ルイズはジルに小さく頭を下げると、お茶を一口飲む。ジルはメルクにもコップを差し出すが、メルクは黙って首を横に振り、ルイズに目で話の続きを促す。
「……錬成術師と錬金術師が袂を分かってから約150年。今から252年前……シルド内戦が起きた。錬金術師の転換点と言える出来事だね。当時のシルド王国は大陸屈指の錬金術大国でね。錬金術師の育成に力を入れていたんだ。王国側の情報では、力をつけた錬金術師達がクーデターを起こし、国家転覆を画策したって話だが……実際は錬金術師を軟禁し、酷い労働環境の中で強力なアイテムの作成を命じていたんだ。何人もの錬金術師が倒れていく中、我慢の限界に達した錬金術師達が一斉蜂起したってのが正しい歴史だね。」
「酷い……。それは怒って当然だよ!」
メルクが拳を握りしめながら言い放つ。そんなメルクを片手で制してルイズは続けた。
「シルド内戦では錬金アイテムが目を見張る様な戦果を次々と上げていった。手足や首が捥げても立ち所に治癒するポーション。複数魔法を同時に発動させるアイテム。王国軍を踏み潰しながら進むゴーレム達。戦況は圧倒的に錬金術師達の優先だった。……でも、その優勢は長くは続かなかったんだ。ある錬金術師の一派が裏切ってね。」
ルイズの声色がやや暗くなる。
「その一派は王家と錬成術師がスパイとして忍ばせた者達だったんだ。」
「な、なんで錬成術師が?」
「言っただろう?原理派の流れを汲む錬成術師としては、摂理の禁を犯す錬金術師が酷く疎ましかったのさ。それでこの機に乗じて潰しちまおうって話になったんだろうね。」
「で、でもジルさんは錬成術師だけど錬金術を学びたいって……。」
「ジルは例外さ。まぁ、昔の革新派みたいなもんさね。」
ルイズが呆れた様な苦笑いでジルを見ると、ジルもニコリと笑い返す。
「とにかく。そこから錬金術師達は劣勢に回り、あっけなく敗北した。当然、加担した錬金術師は例外なく死罪。加担しなかった他の錬金術師達も何かと理由をつけられて死罪か禁固刑になった。」
ルイズがお茶を飲む為に黙ると、バックヤード内がシンと静まり返る。
「そしてこの内戦で錬金術師に対する見方は大きく変わった。それまで錬金術師を囲っていたシルド王国以外の国々でも錬金術排除の動きが強くなった。今では錬金術自体が禁忌とされ、その一端でも知れば即刻死罪だよ。だから大々的に錬金術と言う単語を出したらいかんのさ。……これが、錬金術師の成り立ちと衰退の歴史さね。」
錬金術師の顛末を語り切ったルイズは、ふぅと息を漏らす。
「つまり、全員淘汰されたはずの錬金術師はこの時代に居ちゃいけない……居るはずがないってことかぁ……。ん?じゃぁ、なんでばぁちゃんは錬金術を使えるの?」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるルイズ。
「簡単な話さ。多くの錬金術師は淘汰されたが、全てではなかった。逃げ切った者達も少なからず居るのさ。そういった者らは世界各地に散って、今も細々と錬金術の鍛錬に励んでいるだろうね。いつか再び錬金術が陽の目を見るその時の為に。」
ルイズは、肩を窄めて続ける。
「まぁ、錬金術師が淘汰されちまった時に多くの錬金術も失われちまった。あたしが知ってる錬金術なんてほんの一部に過ぎないんだよ。」
「そうなんだ……なんか、せっかくみんなで頑張ってきたのに、悲しいね。」
メルクは俯き加減で呟く。自分が憧れた錬金術は禁忌だと言う現実。多くの錬金術は失われて久しいと言う話は、錬金術を学ぶことに殊更熱を持っていたメルクにとって、落ち込むのには十分過ぎる内容だった。
落ち込むメルクの肩を励ます様にジルがポンと叩く。
「坊ちゃん。そう落ち込むことはありませんよ。錬金術師の技は確かに失われましたが、逃げ延びた錬金術師達は己の知識を次世代へと継承しているんです。ルイズ様もその1人。しかもルイズ様は5つある錬金術名家の一つ、グイネル家の直系に当たります。持っている知識量は計り知れないでしょう。そのお孫様である坊ちゃんも知識を継承する権利があるのです。」
初耳だといった様子のメルクが無言でルイズを見る。
「時期が来たら話そうと思ったってだけさ。ジルの言う通り、あたしはグイネル家が代々培ってきた錬金術の知識を持っている。そしてその知識は次の世代に託すのが習わしだ。自分の持つ錬金術の知識を記録した『フラグメントレコード』としてね。フラグメントレコードは代を重ねるごとに新しい錬金術が増えていく。だが、何代に渡って継承しようが、それは断片的な記録に過ぎないのさ。」
ルイズは一呼吸置くと、やや熱の篭る声色で話し始めた。
「フラグメントレコードは錬金術師が個人同士で継承してきた断片的な記録だが、全ての断片を集めれば、それは『錬金術の記録』と呼んで相違ない!全てのフラグメントレコードを集めきった時『アルケミレコード』が完成するのさ!」
ジルの励ましや、熱を込めるルイズの話を聞いて落ち込んでいたメルクの目に光が輝きだす。
「すごい!すごい!ばぁちゃん!僕もアルミノコート作りたい!!」
「ずいぶん着心地の悪そうなコートじゃないか。アルケミレコードだよバカタレ。……今すぐには無理だね。まずはフラグメントレコードを継承しないとならん。その為には錬金術師として最低限の力がいるんだ。錬金術師以外が継承する事はできない様になってるのさ。例外も……無い事は無いが、まずは錬金術師としての経験をしっかり積みな!」
「んんー!やる気出てきた!僕絶対フラグメントレコード全部集めてアルミ……アルケミレコードを完成させてみせるよ!!!」
「おお!坊ちゃん!その意気ですよ!微力ながら私も全力で協力させて頂きましょう!」
やる気が燃え上がるメルクとジルを見て、それは楽しみだとルイズが笑う。小さな店の一室に3人の和気藹々とした声が響いていた。
文字数が多かったので分けました。数ある小説の中から『Alchemy Record』をお読み頂いた方には感謝しかありませんが、ご感想を頂ければ創作意欲も高まりますので、是非ご感想お待ちしております。