第二話 魔鏡渡りと初めての他人
「えー!ばぁちゃん今日も魔法の勉強するのー?魔法飽きた!ばぁちゃんの言う通りやってるのに、全然魔法使えないし!」
「メルク、錬金術を極めたいのなら錬金術以外の魔法も学ぶ必要があるんだよ。結果的にその方が錬金術師としての成長も早くなるのさ。」
「むー。でも余計に錬金術の進みが遅くなっちゃう気がするんだよなー。魔法なんてどんだけ練習しても僕使えないしさー。」
「確かに学ぶ事が増えるからね。だけど、物事を飛躍的に進める要素ってのは、得てして違う分野に転がっているもんなのさ。」
「んー……。僕もっと錬金術の勉強がしたいんだけどなー。」
「ばぁちゃんも昔はそうだったよ。早く立派な錬金術師になる為には、他のことになんか感けてられないー!ってね。それなのに錬金術の上達速度は遅かったんだ。」
「ばぁちゃんも魔法の勉強嫌いだったの?」
「そうだよ。でも魔法を学ぶうちに色んな考え方ができるようになったんだ。傷を治すポーションに回復魔法の効果を取り入れられないか?とかね。そんで試行錯誤の末に薬が完成したら、そっからはもう魔法を学ぶことが苦じゃなくなったね。貪欲に知識を集めていたよ。」
「な、なんか僕、魔法の勉強がしたくなってきた!ばぁちゃん早く教えて!」
「ふふふ、単純な子だねぇ。だが、素直さは何物にも代えがたい才能だよ。いいかいメルク。知識とは力であり財産だ。持ってて無駄な知識なんか一つもないのさ。」
――――――
新暦526年火の月52日
窓から差し込んだ朝日が顔を照らす。昔の夢を見ていた気がするが、どんな内容だったのかは覚えていない。眠い目を擦り擦り開けていくと、まだ慣れない部屋の景色がぼんやりと見えてくる。ふと、部屋の入り口に男が立っていた。
「あぁ、坊ちゃん。おはようございます。起こそうと思いましたが、起きていらしたんですね。朝食の準備ができていますよ。おし……ルイズ様もすでにいらしています。参りましょう。」
甲斐甲斐しく、メルクの着替えを手伝おうとする男に、自分でできるからと伝えると、男は分かりましたと言って笑い、部屋から出て行った。
カルド村に来てからちょうど1週間になる。自分の不甲斐なさを突き付けられたメルクだったが、ルイズは最初からメルクが魔法を使えないことなど織り込み済みだった。
山道の小屋に入ると、歩を進めるごとに埃が舞い、かび臭い臭いと共に鼻を擽った。小屋の中に家具は無く、大きな暖炉があるだけだった。部屋の至る所に蜘蛛の巣が張り巡らされ、この小屋が暫く使われていないことを主張している。進むことを躊躇っているメルクを横目に、ルイズは全く気にならない様子で暖炉の方へ進む。そして暖炉の内側から、手のひらサイズのの丸い板を取り出した。
「あーぁ!えらく汚れちまってるじゃないか!こまめに掃除しとけばよかったねぇ。まぁ、使う分には問題なさそうだね。」
「ばぁちゃん、それが?」
袖口で鼻と口を押えてながらメルクが尋ねる。
「そうさ。これが『魔鏡の合せ鏡』の片割れだよ。今は見た目がアレだけど、本当はとても綺麗な鏡なんだ。」
そう言って肩をすくめると、ルイズは魔鏡に向かって魔法を使う。
「『音風』……あー、あー、もしもし?ジル、聞こえるかい?」
魔鏡を口元に運び話しかけると、すぐに慌てた声色の男の声が聞こえてきた。
『そ、その声は、お、お師匠!?生きてらしたんですか!?もう6年も音沙汰が無かったものですから……てっきり死んでしまったのかと……。』
段々と涙声に変わる男に、ルイズは淡々と話しかける。
「勝手に人のことを殺すんじゃないよ!でも連絡しなかったのは悪かったね。こっちにも色々事情があったんだよ。それにしてもよく未だに魔鏡を持ってたねぇ。捨てちまったかもしれないと少し心配してたところさ。」
『な、何を仰いますか!この魔鏡はお師匠から頂いたお品物!私にとって命よりも大切な代物ですよ!捨てるなんてこと出来ようはずがありません!!』
先ほどまでしおらしかった男の声に熱が籠る。
「そ、そうかい。まぁいいさ。ジル、頼みがあるんだ。あたしが『音風』を解いたら魔鏡に向かってマジックルームを展開してほしい。『魔鏡渡り』をやるよ。」
おぉ、と魔鏡越しに感嘆の声が漏れ、男は委細承知したと返事をする。ルイズが音風を解くと、ほとんど間を置かず手元の魔鏡にマジックルームが出現する。ルイズは魔法の発動を確認すると、魔鏡を暖炉の中に戻す。そして、自分のマジックルームから小瓶を取り出すと、メルクに手渡した。
「メルク。これをお飲み。魔力酔いに効く酔い止め薬だ。マジックルームの中で気絶されても困るからね。」
手渡された酔い止め薬を一口に飲み干す。メルクが薬を飲んだことを確認すると、暖炉の中に入るように促した。定位置に戻ったであろう魔鏡の傍には、変わらず先ほどのマジックルームが展開されている。
「準備はいいかい?マジックルームに入ったら死ぬ気でばぁちゃんに捕まりな。手を離したら出て来れなくなるよ!」
そんなに危険なのかと一抹の不安を覚えるが、コクリと頷きルイズの腕にしがみつく。それを確認したところでルイズがマジックルームに片手を伸ばす。途端に2人の体がフワッと浮かび上がった。薄暗くカビ臭い小屋の景色は彼方へと飛び去り、真っ白で何もない空間が広がる。前後左右上下も分からず、ただ浮遊感を感じていると、急に強い力で引っ張られた。一瞬、ルイズの手を離しそうになるが、先ほどの言葉を思い出し必死で堪える。すると急にそれまでの浮遊感が消え、メルクの体はドサッと床に落ちた。
「いでで……。あっ!ば、ばぁちゃん!」
落下の衝撃で離してしまった手を再びルイズの腕に回し、ヒシッと抱き着く。
「ふふふ。メルク。もう6つになる男が、人前でばぁちゃんに甘えたらダメだよ。さぁ、もう大丈夫だから周りを見てごらん。」
ルイズに引っ張られる様にして立ち上がると、メルクはおずおずと細く目を開けた。先程まで居た薄暗くかび臭い部屋の面影は無く、綺麗に掃除された明るい部屋が広がっている。棚の中には様々な色のポーションが置かれ、壁には何かの素材になるであろう薬草や生物の干物が吊るされている。ガラスが嵌められたショーケースの中には淡く光る剣やナイフが何本か陳列されていた。部屋中の物をぐるっと見渡してメルクが息を漏らす。
「はぇ~……。」
「メルクは初めて見るだろ?これが『錬成術師』の店だよ。あたしら『錬金術師』とは違った流れを汲む者たちさ。」
ルイズの視線が隣に立つ細身の男に移る。齢は30歳前後だろうか。銀髪をきっちりと後ろに撫で付け、ピシッとしたシャツに黒いズボン、革靴も手入れが行き届いており、景色が反射しそうなほどだ。まるで大商会の敏腕商人の様な雰囲気を醸し出している。
「お久しぶりです。坊ちゃん。随分とご立派になられましたね……。」
メルクが呆けていると、男の方から声をかけてきた。男はメルクに会った事があるような口ぶりだが、メルクにこの男と会った記憶は無かった。それどころか、メルクは物心ついた時からルイズ以外の人間に会った事が無いのだ。漠然とした不安感を覚え、メルクはサッとルイズの後ろに隠れる。それを見た男は「ははは」と苦笑を漏らしていた。
「おやおや、借りてきた猫の様じゃないかね。でもまぁ、無理もないか。ジルと会ったのなんて、メルクがまだ乳飲み子の頃の数か月だからねぇ。」
「たとえどんなに短い期間だろうと、坊ちゃんには当時の面影がくっきりと残っているので一目で分かりましたよ。それに成長なさったので、ご両親……いや、ルイズ様にもお顔立ちが似てきましたね。」
ジルと呼ばれる男は優しく目を細め、メルクを見た。後に、ルイズから聞いた話では、ジルはメルクが産まれる前に、弟子にしてほしいと言ってルイズの元にやってきたそうだ。何度も断ったが、一向に諦めなかったらしく、結局はルイズが根負けし、メルクの両親とルイズが住む家に執事として住まわせたそうだ。ルイズからは錬金術を教えてやることはできないが、見て学ぶ分には問題ないと許可を得たらしい。メルクの両親が亡くなった後は、広い家は手に余るということで、ルイズはメルクを連れて引っ越してしまったと。ジルはそれ以来ルイズにも会っていなかったようだ。
「人見知りしない方だと思っていたんだがねぇ。まぁ、人見知りかどうか判断する人間もいなかったんだが……。」
「ばぁちゃん、錬成術師って錬金術師みたいに物を強くしたり、すごいポーションを作ったりできる人でしょ?」
メルクはチラッとジルを見ながら尋ねる。
「んー、まぁ、そうだね。細かな違いはまた今度教えてやるよ。その為にカルド村に越してきたんだからね。……と言う訳でジル。暫くここで世話になるよ。あたしらの部屋を用意しておくれ。見たところだいぶ稼いでいる様じゃないか。老人と子供が増えたって問題ないだろう?」
ジルは一瞬ぽかんとした表情をしたが、すぐに笑顔になり部屋の準備をしてきますと言って階段を駆け上がっていった。その眼には薄っすらと光るものが見えた気がした。
ほんの数分で戻ってきたジルに案内された部屋は、整理整頓が行き届き、布団や机も綺麗にされていた。机の上にあるのは臭い消しの香だろうか。淡い桃色の煙を燻らせている。使っていなかった部屋だろうに、どうしてこんなに早く準備できたのかと尋ねると、ジルは「昔取った杵柄ですよ」と言ってほほ笑んだ。そういうものかと考えながら、メルクは部屋の中に入る。
「私は夕餉の支度をしてきますね。今日は有り合わせの物しかご用意できませんが、時間はかからないかと思いますので整いましたらお声がけ致します。それまでごゆるりと過ごしてください。炎天下の平原越えはお辛かったでしょう?」
「ありがとう……ございます。」
ジルは「敬語なんて必要ありませんよ」と笑って一礼すると、一階に戻っていった。ルイズの知り合いで悪い人間でも無いことは分かっていたが、慣れない新居の雰囲気も相まってどうにもソワソワする。本でも読んで気持ちを落ち着かせようと考え、本棚の中身を見てみると、そこには錬成術関係の本がぎっしり詰まっていた。何冊か手に取ってパラパラとページを捲る。
「……錬金術の本は無いのかなー。錬成術もちょっと興味あるけど、ばぁちゃんに詳しく教えてもらってからの方がいい気がするしなー。……でも、やっと始まるんだ。本格的な錬金術師としての修行が!」
本格的な錬金術の修行が始まると思うと、いつの間にか先ほどまでのソワソワ感はワクワク感に塗り替えられていた。期待に胸を膨らませていると、下階からルイズの声が聞こえた。
「メルク―!そろそろ夕餉の支度が出来るから降りておいでー!」
「あっ、はーい!今行くー!」
手にした本を本棚に戻し、自室を少し急いで出ていく。気持ちが上向いたおかげか、疲労で重かった足も軽くなったような気がしていた。
未だに錬金術師らしいことは何もしていませんね。
数ある小説の中から『Alchemy Record』をお読み頂いた方には感謝しかありませんが、ご感想を頂ければ創作意欲も高まりますので、是非ご感想お待ちしております。