1-5.シールド発動!!
2022/5月11日、加筆修正を加えました。
縦80センチ、横70センチ。色はオレンジではあるが半透明ということもあり、奥に居るワイバーンがよく見える。薄さはおよそ下敷きぐらいだ。
「………!」
回転する火球とシールドの間で火花を散らして、ケンイチの体へと密着する。
驚きのあまり両手を前に突き出したことで、押しつぶされることはなかったが、もし少しでもズレていたら、と思うだけで身震いする。
恐ろしい。
とは言え、なんとか抑えられている。大丈夫だ。
そうケンイチは高を括っていたが、現実は違う。
「?」
シールドに押されて、体が徐々に徐々に後ろへと引きずられていく。どれだけ両手に力を込めても、足に体重を乗せても、体が後ろへと下がっていた。
「それじゃあダメなんだ!」
足に力を入れ、必死に耐える。しかし、ジリジリと後方へと下がっている体。
――止まれよ!
誰かを助けたいあまり、強く願う。
願って、祈って、懇願して、やっと届いた。
背中から押す力が加わり、動きが止まる。
「意識を集中させて」
その声はリーベ。
安心感に口角が動き、ケンイチは前を向いた。
火球は回転を続けて、2人の力でも止まらない。
誰かが助けてほしいが、今は後方の女性と少女が優先だ。2人が助からないと意味がない。
そんな中、前方の男とケンイチは目が合う。彼はこっちの状況に気付いて、駆け寄ってくれた。
「リーベ、助けに来たぞ!」
「ハンダックさん!」
後方から歓喜の声が上がる。
男はハンドックという名前らしい。短い紫の髪を逆立て、細い眉が特徴的。団子のように大きくて丸い鼻はバランス悪いように見えたが、ガッチリとした巨体から考えれば丁度いい。
首から下は全て鎧に覆われており、左手には大きな鉄の塊を持っていた。大きさはシールドと丁度同じぐらいで、厚さは5センチ前後のそれは、盾のようだ。
「後ろの人たちを……!」
ケンイチは顎を動かし、背後の存在を教える。
ハンドックは、覗き込むなり、息を呑んだ。
「わかった。でも、きみたちは」
「俺らなら、大丈夫です」
「安心して下さい」
火球を受け止める2人の声に、彼は頷き、すぐに瓦礫の撤去作業へと移る。
「…………」
ケンイチは、心配のあまり後方へと視線を動かした。
そこには、ボロボロのリーベが視界に入る。鎧は砕け、服はポツポツと穴があいている。それでも彼女は、まだあきらめていない。ラピスラズリのような青い瞳に、光が宿っていた。
ただそれでも、ケンイチとしては心配になった。
視線を前に向ける。
「大丈夫か」
火球を受け止めながら、後方にいるリーベへと声をかけた。
「まだ、いけるわ」
声に覇気があるけど、我慢の色も見せている。あまり時間はかけられないだろう。
今度は、後方で撤去作業している彼に声をかけてみた。
「ハンドックさん……でしたっけ。大丈夫ですか?」
「あぁ大丈夫だが、ちょっとまずいかも」
ケンイチの視線ではギリギリ届かず、その状況が見えなかった。しかし、声音からして相当なのは間違えなさそうだ。
「ケンイチ。あの女性、足が無いわ……」
「えっ」
「それだけじゃない。瓦礫の上に瓦礫が重なって、どうやら1人で退かすには時間がかかりそうなのよ」
「…………」
「でも、ここはボクに任せて、2人はその攻撃を防いでいてほしい」
「…………」
どうすればいいのかわからない。ただ考えにふける時間が無い事は確か。
ワイバーンが首を動かし、この状況を楽しんでいた。まるで、人間たちがどこまで抗うのか楽しんでいる――ようだった。
――人間を舐めるなよ。
ケンイチは、1歩前に出て、道路の出っ張りへと足を突っ込んだ。すると、体が安定し、押してくる力を相殺することに成功させた。
これならいける、とケンイチは左足を前に出す。かけていた右足を後ろにし、全体重を前に乗せる。
勝手にケンイチが動くものだから「何してるのよ」と怒られた。が、そこに彼女の手はない。抑えていたリーベの手が無くても体が安定している。
それなら、と自分の考えを話した。
「リーベ。ハンドックさんの手伝いをしてほしい」
ケンイチの提案に、彼女は言葉を詰まらせる。
「……いいけど、アナタは?」
「俺は……俺は、気合で耐える。数十秒間だけなら、きっと持ちこたえられるはずだから、お願い。少しでも早く、あの女性を助けてくれ。それが冒険者ってことなんだろ?」
後ろを振り向いて喋る余裕が無い代わりに、自分はできている、と事実だけを見せることに成功した。
ケンイチにとって、それだけで十分だった。現実ほど相手を説得できる材料はない、と知っているからだ。
「……わかったわ。危なくなったらすぐに呼んで」
リーベは納得し、下がる。
「そのときは、必ず呼ぶ」
リーベはすぐさま「手伝います」と言いながら、瓦礫の撤去作業へと移る。
――耐えられるかな。
多少なりとも不安はあったけれど、それは考える必要が無かった。
ケンイチよりも遥かに凌駕した力を持つ2人が、瓦礫の撤去作業に入ったのだ。数十秒の間で決着がつき、女性を抱えたハンドックがケンイチに背中を見せる。
「彼女たちを避難させてくるよ」
そう言ってハンダックさんは、少女と共にこの場から立ち去った。
どうやら他にも仲間がいるらしく、青い服を着たベリーショートの銀髪女性と一緒に行動しているのもよく見える。
「どわっ」
一瞬だけ意識が外れたばかりに、後方へとのけぞる。間一髪で踏みとどまったため、大事故に繋がらなかったが、もしものことを想像すると冷や汗が噴き出た。
しかし、もう焦る理由はない。
もし記憶が正しければ後ろに誰もいない――はずだ。だから、自分だけが体を横にズレてシールドを解除すればいい、と考えていた。だけど、ちょっと待て、と思う。
「横に動けるのか……?」
火球の勢いは止まることなく、進み続けていた。結果、ケンイチの両手とシールドは密着し、動けるにも動けない。
――これはヤバい。
「助けて、リーベ」
彼女の名を呼んだ。
あまりにも情けないのは、わかっていた。それでも、死ぬことと比べれば大したことない。
「当たり前でしょ。てか、そのつもりだったし」
まさに救世主。
リーベは、ケンイチの背中を強い力で押した。
それはあまりにも強すぎて、手が滑り、シールドとサンドウィッチ状態になる。
「ご、ごめん……そんなつもりは」
挟まれて痛いけど、まぁ死と比べれば大したことない。
ケンイチは、体全体でシールドを押した。
「全然、大丈夫。それよりも<そのつもりだった>ってどういうこと?」
「あぁそれはね」
「隣の店――道具屋カヤには様々な物が置かれているの。つまり――」
「つまり?」
ケンイチが続きを催促する。
支えるリーベの力が一段と強くなった。
「起爆性の物があるってことよ」
「嘘だろ」
まさかのここに爆弾があった。
そうとなれば話が変わる。解除なんて絶対にしてはならない。
火球の性質じょう爆発する。それが何を意味するのか、もし道具屋カヤの近くで爆発し、燃えた破片が入りでもしたら、触れでもしたら、たちまち大惨事だ。
これよりももっと酷い状況が生まれる。
「超危機的状況!!」
頭の中で強くサイレンが鳴る。
「キュウ」
退屈そうにあくびをしたワイバーン。そこで何か思いついたのか、翼をばたつかせ、口に大きな黒い塊を作り出し、ケンイチに向ける。
「またくる……!」
瞬間、火の玉とかした丸い物体が火球を飛んでくる。
一直線に放たれた火球は、ケンイチが食い止めている火球とぶつかった。
すると、どうなったか。直径40センチの火球へと姿を変えたのだ。
流石にこれは、2人でも耐えられない――体勢が崩れ始め、リーベが膝立ちとなる。ケンイチは、背中が後ろへと曲がっていた。
「ふ、踏ん張って」
リーベが下から押してくれたことで、潰れてはいないもののもし彼女が居なければ今ごろサンドウィッチになっていただろう。
意地でも踏ん張った。まわりには助けてくれる冒険者は、見当たらない。
ならば、自分でどうにかしたほうがいい。
幸いにも、火球は抑えられているのだから策はあるはずだ。
ならば、
「ウオオオオオオオオオーーーー!」
声を出した。
部活の顧問が『声だしが一番大事』だと言っていたので、それを思い出し、大声を発する。
自分のやる気を上げるために、少しでも力が発揮できるようにした行動が功を奏した。崩れかけている体勢から一変し、ケンイチの姿勢が元に戻り始める。
ゆっくりではあるが確実に直立となり、ついには前傾姿勢となった。
作戦は考えてある。
「このまま潰す!」
手を下に振り下ろした瞬間、シールドも同じように地面へと倒した。
防御魔法と地面のサンドウィッチになった火球は回り続ける。火花を散らし、地面を黒く焦がしながら、着実に回転力が失っていく。
「いける!」
ケンイチは勝利を確信した。これはできる、と。
だが、次の瞬間――火球の動きが止まる、が、それも束の間、心臓まで響く破裂音が響き渡った。しかし、破片を散らしていない。
そう、ケンイチの魔法――シールドによってその威力を封じ込められたのだ。
それでも生まれるものはある。それは爆風だ。火球を覆いつくすことはせず、ただ上に乗せただけだから隙間ができてしまい、そこから漏れた爆風が辺りを吹き飛ばしたのだった。
「……ッ!」
「……キャア!」
2人は耐えることができず、後方へと勢いよく飛んで行った。
ケンイチはキーンとなる頭を抑え、立ち上がり、被害を見る。
火球があった場所には大きなクレーターを生み、爆風によってか一面のガラスが全て割れていた。
「………」
威力の高さに言葉を失ったが、もう1つある。
後ろを支えてくれていたリーベが居ない。
まさか違う方向へと吹き飛ばされたのか、と思ったが違った。彼女は足元で横になっている。 だけど、見るからに重症だ。両足に大きな傷が入っており、血がダラダラと流れていた。
「リーベ! 大丈夫か」
声をかけるが、目を瞑ったきり反応がない。
白と赤の戦闘服はボロボロで、もう衣服としてはあまりにも効果が薄い。胸元にあった鉄の板は、なくなっていた。
口からは血を垂れ流している。
「しっかりしろ」
彼女の口元に耳を近づけ、呼吸をしているのか音で確認する。
なんとか息はしていた。
ホッとできることではあるが、いい状況ではない。
「どうしよ。どうしよ」
頭はパニックになる。
こんなところで仲間を失うのか、まだ出会ってすぐなのに――リーベが優しく声かけられたことを覚えている。
もし彼女が声をかけてくれなければ、ずっと絶望していただろうし、もしかしたら今頃死んでいたのかもしれない。
ケンイチにとって助けてくれた恩人である。だから、助けたい――助かってほしい。
でも、自分が使える魔法はシールドだけで、彼女を救うことはできない。
半泣き状態で、泣きべそをかいたケンイチの顔に彼女はゆっくりと手を回す。
「リーベ」
意識が戻ったようだ。
安心から涙が流れる。
「アナタは逃げて」
この地獄絵図の中では聞き取ることが難しいほどの弱弱しい声をしている。
しかし、顔を近づけていたケンイチは良く聞こえた。
「でも、それだと――」
ケンイチが喋り終える前に、彼の口を手で塞いだ。
「いいから、お願い」
悟った。
彼女はこの状況で助からないと見込んでおり、ここで2人が無駄死にしなくてもいいと思っているのだ、と。
考えればわかる。ここにいれば確実に2人とも死ぬ。何もしないまま、冒険者をしないまま、死ぬ。
でも、だからと言ってリーベが居ない状態で冒険者という職業はしたくない。
「わかった」
その言葉を聞いたからなのか、リーベは安心した表情となる。
だが、その後の「でも」という言葉に彼女は耳を立てていた。
「でも、俺は必ず助けを呼んで戻ってくる。そしたら、一緒に冒険者をしよう」
その言葉にリーベは表情を失ったが、すぐにフッと口角を緩めた。
「ここを無事に脱せたらね」
「約束だからな」
リーベの体を起こそうとするが、痛むのか表情を歪ませる。
「アタシは、置いて行って」
このままだと危ない――が、彼女の痛そうな表情を見るとあまり触らないほうがいいのかもしれない。
言われた通り、彼女を寝かせて、1人で助けを呼びに足を動かした。
「俺がもっと強ければ……」
こんなことにはならないはずなのに。
防御魔法しか使えない自分を強く憎んだ。