1-3.えっ超最弱!?
彼女の隣を歩くケンイチ。
2人は道中さまざまな会話をし、それでわかったことがいくつかある。
まず彼女の名前は、リーベ・ホフヌングスという名前で、年齢は17歳。
そしてここは、カルラート国の中心部――王都ルティーナだ。ここがあるからカルラート国は存在していると言えるほど、利益と物流の中心を担っている。
それから、言語の壁に関しては悩むほどでもない。文字は英語でも、日本語でもないこの世界独自の言語であり、書くことは不可能であったが、読むことは可能であった。そのため、深く考える必要もなく、日常生活を送って行けば自然と覚えて行けるだろう。
ケンイチは、『冒険者協会 王都ルティーナ支部』と書かれた看板を目にする。
「ここよ」
連れてこられたのは、館のように大きな建物だ。洋瓦をびっしりと引き詰め、白を基調としたその建物はまるで城のようだが、ここは役所——冒険者協会 王都ルティーナ支部。
リーベが先頭に扉を開ける。扉は開閉式でガチャっと大きな音を立て、重苦しい木の扉が動いた。
「すげぇ」
中はとても広い。
まず入ってすぐ右にインフォメーションのカウンターが設置されている。きっと、わからないことがあればここに尋ねればいいのだろう――案内人と目が合い、ケンイチは会釈した。
「冒険者登録専用窓口を案内するからついてきて」
リーベが率先して歩くので、ケンイチも付いて行く。
テーブルと椅子が引き詰められた海を抜け、長いカウンターテーブルの一番右側の前に立った。
「すみませーん。冒険者登録したいので、魔法鑑定書をください!」
「あっわかりました。こちらを」
対応してくれたのは女性だ。頭の上で丸められた黄緑の髪。赤ふち眼鏡も相まって堅苦しい顔立ちに見えたが、緩んだ口角によって朗らかな印象を抱かせてくれる。
身長は頭一つ低く、160センチ前後。大きな胸元を出した黒い服は、冒険者協会の制服だろう。他にも同じ服を着た男女が歩いているからそう判断で来た。しかし、明らかに彼女だけ違う。他の人はビシッと上から下まで肌の露出を抑えているが、彼女だけ胸元を出しており、そのわがままボディが服に収められていない。
また、左胸に名札がピンでとめられている。
ローナ――それが彼女の名前のようだ。
ケンイチはついうっかりと凝視していた。
「ほら、行くわよ」
リーベに腕を引かれるまで意識が集中しており、危なかった。あと少し遅れていたら気付かれたかもしれない。
2人が向かったのはすぐ横。数歩以内であったためそれほど時間はかからず、すぐに目的の場所にたどり着いた。
丸テーブルの上に紫の布を敷き、その上に透明な水晶玉を乗せている。明らかに占いって雰囲気があり、地面にある木の看板『魔法鑑定士』という文を読まなければ、そう思ってしまう。
「あのー魔法の鑑定してもらいたいんですけど」
「おけー、おけー。鑑定するのネ」
その声と共に起き上がってくる女性。寝起きなのだろうか、腰まであるこげ茶色の髪が四方八方に飛び散り、目がトロンとしている。
ふわぁと大きなあくびをし、まるで猫のように拳を握って目じりをこすった。
袖が大きい黒の服は、チャンパオと呼ばれる中国式の長い衣服と酷似している。下半身はミニスカートで、ミルク色の素肌が露出されていた。
「何しに来たのネ」
さっきもリーベが言ったはずだが、寝ぼけていたのだろう。聞いていなかったと考えられる。
女性は、飛び散った髪をくしでまとめながら、口に輪ゴムをくわえた。
「魔法の鑑定してほしくって」
「ふーん」
ケンイチを下から上までじっくりと観察する。
「髪をまとめるまで待つのネ」
それから数分、散らばった髪は見事ふたつの束にまとめ、ツインテールへと昇華させた。
椅子にドカッと座り、足を組む。下はミニスカートだったから危うく中が見えそうで、ケンイチは目線を外した。
「で、どいつの魔法鑑定すればいいのネ」
「あっこの人です」
リーベが指をさし、やっぱり、と言った表情でもう一度ケンイチを見る。
「今度はずいぶんとおもしろそうな人を連れてきたのネ」
「えぇ」
「仲間かイ?」
「そうです」
「やっと見つけれたのネ。オメデト」
「ありがとうございます」
淡々と続けられる会話にケンイチはチンプンカンプンだ。
今度は? やっと?
ケンイチの疑問が出る前に、「そこの兄ちゃん、前に立つのネ」と指示をされた。
言われた通り、動く。
「名前は?」
「大道堅一」
「ケンイチでいいかイ?」
「はい、大丈夫です」
「ふーん。あたいは、ムルムルなのネ。覚えてても損ないアルヨ」
「はあ」
喋り方に癖はあるが、それほど気になる事はない。むしろそこがムルムルのチャームポイントと言ったところだ。
ムルムルは水晶玉に手をかざし、目を瞑る。
「玉に触れるのネ」
ムルムルの言われた通り、ケンイチは水晶玉に触れた。
何か光るわけでもなく、見えてくるわけでもない。ケンイチはこれで大丈夫なのか、と心配になりつつも、自分がどんな魔法を使えるのか、というワクワクに体が震えていた。
楽しみで、楽しみで、仕方がない。
「にゅおーーー。フニュ! ぬぅーん」
ムルムルは奇声を発し始め、怖くなる。
あわあわとした表情で、リーベを見た。
「これ大丈夫?」
敬語なんて知った事か。今目の前にある奇声を紐解くことが大事である。
「それが平常運転だから大丈夫よ」
リーベがニコッと笑って見せる。
その表情から大丈夫だとは思われるのだが、それでもと言ったところだ。
ムルムルは、目をギュッと強く瞑り、まるでメトロノームのように体を揺らしている。
「ほッ。ふぬ。らーむ、にゅい!」
「やっぱ大丈夫じゃないだろ、これ!」
やがてムルムルの奇声と奇行が、鎮まる。
その頃にはもうまわりの騒然としていた空気が収まり、注目を浴びていた。
まわりの視線も相まって、緊張が高まる。果たして自分の能力は——。
「もう離していいのネ」
ムルムルが眠そうな表情に戻った。
「どうでした?」
リーベが率先して聞く。
これから同じパーティになる人間だから気になるのだろう。ケンイチよりも先に声を出していた。
「うーん。これは凄いのネ」
鑑定書に鉛筆を走らせながら、ムルムルは言った。
「まじか!」
これは、まさか――ケンイチは心の中でガッツポーズをする。
異世界転移と言ったらこれだ。最強の魔法を手に入れ無双する——それが一番なのだ。
「うん、ほんとに初めて見た。こんな数値……」
額から浮いた汗をムルムルは袖で拭い、鑑定書をケンイチに渡した。
リーベが顔を覗き込み、いい匂いを堪能しながらケンイチも鑑定書を見る。
文字の形は英語でも、日本語でもない謎の言葉ではあるが、しっかりと読めた。
それを見る限り、わかることは——
「えっこれって……」
書いていたことは以下の通り。
『炎……なし 水……なし 雷……なし 光……なし 闇……なし』
全てが数値ゼロ——つまり、使えない。
「見たところ筋力があるから、冒険者をやめて農家になるといいのネ。最近人少ないからいぱい儲かるヨ」
ムルムルの言葉が頭に入らない。
試しに隣のリーベを見るが、彼女は絶句したのか言葉を失っていた。
俺の異世界ライフが終わった……、そう思っていた矢先、扉が勢いよく開かれる。
男は「ぜえぜえ」と息を吐き、肩が上下に強く揺れていた。
「大変だ! ワイバーンの群れが!!」
さっきまで楽しく談笑していた冒険者たちの表情が一変する。
各々武器を握り、声を荒げながら、外へと飛び出した。
「アタシ行ってくるから。ケンイチはここに居て」
「ま、待って……」
ケンイチの声は届かず、リーベもその群衆の中に飲まれて行く。
「………」
行き場を失ったケンイチは、『なし』で埋め尽くされた鑑定書へと目を向ける。
だが、
「D……?」
一つだけ使える魔法があった。
それは備考と書かれた場所に記されており、内容は『防御魔法――シールドを6枚まで使用可能(1度に3枚まで)』であった。
「これって」
「その名の通り、防御魔法の最低ランクが使えるってことネ」
「強い?」
ムルムルは両手で頬杖を突く。
「いやァ、超最弱ネ」
「超……!?」
言葉を失う。
最弱という最大の言葉に対して、超がつくほど?
ケンイチはがっくりと腰を落とした。
「そんな……」
異世界ライフは終了した。この先、冒険者として生きるよりも、ムルムルに言われた通り農家として生きたほうがいいのかもしれない——そう考えていた矢先、ぎらつかせた瞳で見降ろしたムルムルが「説明すると」と喋り始める。
「超使えないけど、身を守ることはできるノネ。だから、元気出して」
――もう超使えないって言ってるじゃん。
言葉を発する距離が無い。あまりにもショックが大きすぎた。
いや、待て、と思考を変える。
守る——これさえあれば十分か。
ケンイチは、リーベを追いかけて外に出た。
「ちょ、まっ……その魔法は」
ムルムルの言葉が耳に入らず、勢いのまま飛び出し空を見た。
「なんだあれは……」
言葉を失った。