1-2.金髪ヒロイン、リーベ登場
トラックに轢かれた影響か、手にはビニール袋が無ければ、ポケットにスマホが無い。
だが、そんなこと今はどうでもいい。
「いや、待て待て待て待て……」
この立っている状況が問題である。
レンガの建物が両端に並び、中央の道路を様々な人種が行き交う。獣人、小人、耳長族――ちらほらケンイチと同じ種族の人間もいるけど、髪色が違う。とてもカラフルだ。オレンジ、青、赤、緑、黄色――東京に居そうな髪色をしている。
恰好はと言うと、いまの現代では考えにくい――例えるなら、魔法が行き交い剣で魔物討伐するゲームの世界だ。
「おおお………」
口から間抜けな声が漏れる。
髪をかきむしり、空へと目を向けた。
「これは夢か……」
髪を撫でる指の触覚、あるいは、頭皮を触られている感覚がある。
夢と思うには、あまりにも程遠い。
「どうやら、俺は異世界に来てしまったらしい」
はーはっはっは――え?
「…………」
死んだことにより、この世界に来てしまったのか――まだやり残したことがあるのに、と後悔が埋もれる。
「………」
街を行き交う人は、ケンイチを稀有な目で見ていた。それがまたより一層、彼を孤独へと連れて行く。
死んでしまった悲しさと人々の視線に酷く突き放され、いっきにこの世界で居場所が無いのだと実感する。
不安に支配され、ケンイチはうつむいてしまった。
ただポツリと、
「俺、のたれじぬのかなぁ」
なんてこの先見える終わりを感じながら……。
道のど真ん中でありながら、悲しみと不安に明け暮れるケンイチに対して手を差し伸べようと動く者はいない。彼は、何もないままこの世界に来て絶望の淵へと立たれた――かに思えたが、それほどこの世界は残酷ではない。
「大丈夫?」
黒い影と共に差し伸べられたその手。
ケンイチは、顔を上げてその人に目を向けた。
肩甲骨まである金色の髪と青い目。服装は白を基準としており、赤い線が入っている。しかし、胸に掲げられた鉄の板は、鎧としての役割なのだろう。腰に添えてある細い剣は、白の輝きを放ち、空から降り注がれる太陽光を反射させていた。
刃物と鉄の板のおかげか、この女性を物騒な雰囲気へと包み込んだ。
顔立ちは大人びているもののどこか幼さが踊っており、親近感が湧く。
「大丈夫?」
優しくて心地よいその声は、不安と恐怖に明け暮れていた彼の心を照らした。
今まであったものが嘘のように消え、安心を与えてくれる。
「大丈夫。ちょっと楽になった……です」
戸惑いもあって、喋り方がぎこちなくなる。
「そう。それならいいんだけど」
眉をひそめ困惑した表情のままではあったが、そこには可憐さが消えない。
そうだここは異世界だ。かわいい子がいっぱいいるに決まっている――ケンイチは、持ちこたえた。むしろ、やる気に満ち溢れる。
そんな中、目の前に立つ美少女はソワソワした表情でケンイチを見ていた。それに気づくのは少し先で、まわりの人々を観察していたときたまたま目に入ったことで彼女に視線を戻した。
――なんか、ドキドキしてね!?
顔を赤くし、目を下に向ける。ピンクの色が付いた唇から甘い息が漏れる。
もしや、これは!! ケンイチは暑さによって焼き切れた思考回路を早急につなぎ合わせ、フル回転させる。
「ね、ねぇ」
美少女の声が震えていた。
しかし、ケンイチは紳士に対応しようと、下心を隠し、いたって平然とした顔で、
「なんです?」
と、たずねた。
「その……えっと、もしよければなんだけど……アタシと」
「うん」
「アタシと冒険者やらない?」
「いいよ、冒険者……冒険者!?」
デートのお誘いじゃなかった、と落胆する。しかし、冒険者という言葉には胸が躍る。
ゲームとか、アニメとかでよくあるあの職業の事だ——ナンパなんてどうでもよくなって、高まる鼓動のまま彼女にグーサインを出す。
「冒険者やる! どうすればいい?」
「えっあぁ」
目の前に立つ女性とケンイチの間に温度差はあるものの、こんなの気にしたら先に進まない。
ケンイチは、輝いた目で見つめた。
「その前にまずランクを教えてほしいんだけど。キミは、ランクいくつ? アタシは★1なんだけど」
ケンイチは困惑した。
ランク? ★1? もしかして学年のことかと思ったが、異世界でそれが通用するとは考えられないし――とりあえずケンイチは、「知らないです」と答えた。
「えっ知らない!?」
女性は目を大きく開き、身をひるがえした。
「冒険者の免許証は持ってる? 見せて」
そんなの持っているわけがない――学生証なら持っていたけど。あっそういえば、財布も見当たらない。
ケンイチは、首を横に振る。
「持ってないです」
女性はさらに驚愕な表情をする。
「えっ……もしかして、冒険者じゃない?」
「はい!!」
ケンイチは勢いよく言った。
「…………」
腕を組んで女性は考え始める。
勧誘したことを後悔しているのだろう。
冒険者にはなれないのか――そう思い落胆していたが、しかし、状況は悪い方向へと動かなかった。むしろ喜ばしい方向へと転がり始める。
「なら、登録しちゃいましょう」
ついてきて、と彼女が腕を引っ張ってどこかに案内してくれる。
これから何が起きるのか、新しい世界でケンイチは少しずつ動き始めていた。