1-1.転移というのは突然に
燻製器のように蒸し暑い昼頃。
コンビニ袋を片手にトホトホとゾンビのようにのっそりとした動きで、コンクリートの道路を歩く少年。彼の名は、大道堅一。黒い短髪に、16歳の平均身長を持つただの高校生。一応、部活も入っており、野球部だ。
服装は、青を基調とした半そで短パン。これは、昨夜寝巻として使った物を普段着として再利用したものである。
「はあ」
暑さに刺激された毛穴から汗が吹き出し、全身濡れている。顔からポタポタと汗が垂れ、異常気象を疑う。
こんな燻製器のような日がいっとき続くと考えると、頭がおかしくなりそうだ。幸いにも、今日が部活の練習が無い。大体こういう暑い日になぜか部活の監督は、やりたがる。変態なのか、それとも単に反論できない子供たちを追い込みたいのか定かではない。とは言え、まわりの部員たちは皆やる気に満ち溢れ、汗水たらしながらバットを振り回し、ボールを投げているのも事実。
実際、暑さでやる気をなくしているのは、ケンイチだけだ。
「あちぃ」
そんな思考も熱に溶け、今は家に帰るためのロボットとしてそれだけを考え、前に進む。
S字カーブを曲がり、右の景色が竹林から住宅の屋根へと変わる。あと少しで家に着くところで、前方からセーラ服の少女が歩いてくる。ザ・普通と言った感じで、奇抜性もなく、年相応の格好をしている。手にはスマホを持っており、意識はほとんどそっちのほうに集中していた。白線から逸れれば視線を上げて、元に戻るのだが、また少ししたら車道へと寄っている。
あぶなぁ、と思うが特に注意する気も無ければ、元気もない。おおごとになる前に立ち去ることを考えていた。
そこで少女の後ろ――つまり、ケンイチの前方から大きな白い塊が轟々と音を轟かせながら進んでくる。白くて大きなそれは、トラックだ。怪物のうねり声のようなエンジン音をあげ、黒煙を巻き散らかし、くねくねと曲がる道をスピードに任せて走らせている。
よく見ると運転手の耳には白いコードが繋がっており、それを辿ると手にはスマホを持っていた。
家に帰ったら苦情を入れよう、と考えていたさ中、女子中学生がまたもや内側へとはみ出る。今度は元に戻ろうとも行動せず、スマホに意識が集中し、中央へと進んでいく。
「………」
トラックの運転手はと言うと、小刻みに指を動かし、スマホを触っていた。それから少しして、運転手が前を向いた時にはもう遅い。トラックと少女の距離が近くなっていた!
甲高いブレーキ音がこの鎮まった空間に雷鳴の如く響く。それでも、止まることはせず、前に動く。
少女とトラックの間が残り5メートル。
接触すれば、まずい――咄嗟にケンイチは車道へと飛び出し、少女を突き飛ばした。
女子中学生は何が起きたのかわからなかったのだろう。尻もちをついた彼女は、ケンイチを大きく開いたその目で見る。背くことをせず、ただただ現状を理解しようと視界の情報で脳にデータを送っているようだ。
対する運転手の目は、つむっている。歯を食いしばり、今から起きるであろう惨状を見ないよう視界を遮断していた。
迫りくる死を前にケンイチは、ただ何も考えられずにいた。
「………」
「………」
そして、ブレーキ音が消え、聞こえてくるのは人のざわめき。
眩しい光に目を開き、その世界を見る。
「ここは……」
見たことが無い建物と人間たち。
わけがわからず、ケンイチは考えるのを辞めた。