おまけ
エリオット君、おはつ。
俺は、王国の第二王子、エリオットだ。
俺には12歳ごろから婚約者がいた。俺の母上が三大家のサフィア家出身だから、バランスを取ろうとスピネル家のラガーネット嬢とジェムシリカ家のリシフィア嬢のどちらかと俺、兄様が婚約しなければならないと教えられた。今思えば、そこで反発すればよかったのかもしれない。後で俺には弟ができたからあいつと婚約させれば、彼女らも幸せに生きることができただろうに。
ラガーネット嬢は、見事な赤毛を持ち、赤銅の瞳が美しい。リシフィア嬢は蒼よりの緑の瞳と瞳の色に白を足した色味の髪を持っている。家名のこともあって、2人とも宝石姫と呼ばれており、その名に恥じない美姫だ。
さて、一つだけ取り残されたサフィア家がこの2家の策に反発しないわけがなく、3家の話合いの結果、サフィア家からは、主な側近を出すことになった。俺と兄様の護衛もその合意のもと選ばれた。彼らは母上の家からなので安心して働いてもらうことができる。兄様のはクロード、俺のはソウという。クロードは茶髪だが、ソウはサフィア家の特徴である薄青の髪と瞳をしている。切るのがもったいないので伸ばしているのだと以前聞いた。
令嬢の話に戻ろう。彼女らとの初顔合わせは俺にとっては最悪だった。俺と同い年の令嬢たちは2人が2人とも年上の兄に見とれてばかりで、クソガキだったあの時の俺は癇癪を起してその茶会を出て行った。勿論皆戻れというし、あの頃の俺には味方がソウだけに思えて、ソウのサフィア家に行くかという誘いに乗った。
当時はサフィア家に令嬢はおらず、長男が一人あるのみだった。叔母上の体が弱く、子が望めない可能性があることが大きな要因だろう。そのサフィア家の長男が、俺の生涯の友、タンザイトだ。彼は勉学が得意で剣技がまるでダメだった。今はどちらもこなすが。で、家長が直々に彼の教師を探したとの噂があり俺も気になっていた。また、ひどい話だがタンザイトをいじめることで鬱憤を晴らそうかとも考えていた。ほんとにクソガキだな。
サフィア家に王族の馬車を止めると家長である御爺様が出てきたんだ。御爺様は話が長いから、そっと逃げ出して、いつも遊ぶ青いバラの咲き誇る庭に出たんだ。そうしたら、そこには剣を前よりもずっと上手く素振るタンザイトと、その横に立つ美しい少女がいた。あの時の俺からすると、宝石姫よりきれいで、まるで、王子の俺がこんなこと言うのはあれだけど、お姫様みたいだった。
殆ど色素の無い髪は、何色にも光の中で煌めく。銀の瞳はこの世の全ての静謐を詰め込んだように厳かで冷たい。ああ、彼女が泣き叫んで感情を乱すところが見てみたい。そう思った。悪く思うな。何度も言うが、当時の俺はクソガキだ。即言実行。タンザイトへの挨拶もせずすぐに彼女のもとへ駆けて行った。
「なんだこの髪は!」
彼女の髪を引っ張る。その滑らかさと香るハーブに思わず赤面する。彼女は俺に振り返った、そう思ったのに、
「触るなクソガキ」
という一言と共に投げ飛ばされていた。そのことに気付いたのは慌てて「駄目ですよ先生!」と叫びこちらに来たタンザイトが俺を抱き起した後だった。
「無礼者!この俺に挨拶もせず暴力に訴えるとは!」
先日授業を抜け出す前に聞いた家庭教師の言い分を真似して高らかに言い、タンザイトが素振りに使っていた木刀を振りかざして少女に向かい合う。
「クソガキにしてはいい構えだな。」
「俺をクソガキと侮辱し暴力を働いたこと、ここで詫びれば許してやろう。」
「案ずるな。手加減はしてやろう。」
少女は手のひらを閉じ、次に開けたときそこには鈍い銀に光る長剣があった。
「これは刃をつぶしてあるから多分怪我は負わせない。」
好戦的ににやつく彼女に不覚にも胸が高鳴る。
「とりゃー!」
むかつく兄に唯一勝てる剣ではだれにも負けたくない。ましてやこの少女になど。型通りから少し外れたランダムな動きを。
「先生、母上がいらっしゃっていますよ」
タンザイトの一言。それは彼女の隙を作ってくれた。
「え、」
一瞬余所見した彼女の手首を狙う。刀を落とせば万々歳だが現実はそううまく回らない。気づいた時には彼女の体からは想像もつかない強力で鍔が競り合っていた。
「残念、でもなかなかの力量ではないか。」
それが最後の言葉。力が抜けたかと思ったら腹部への衝撃と暗転が訪れた。
「先生駄目ですよ!その子は、う、えっと、なかなか身分の高い子なんです!」
慌てる僕のことばを軽く流す先生。彼を王子だなんて言える雰囲気じゃない!
「権力からは逃れることが可能だ。まあ、今のところはお前のうちにでも庇っていただくよ。」
「…ごめんなさい。さっきのこと。」
先生の勝つことのできる試合だったのは十分承知だった。でも決着は、僕のセリフがなければ数秒でついたはずだ。
倒れた彼の頭を撫でながら言う。
「お前は私がサフィア夫人苦手なの知ってたのかと感心したよ。さすがは私の弟子だ。」
その、先生の弟子、という言葉にはいろいろな思いが重ねてある気がして。すべてを知りたいと願ってしまう。これは、いけないことだろうか。
顔を上げるとその楽しげな瞳と目が合う。
「…ねえ先生?先生の他の弟子の話してよ。」
「やだ。思い出せないのが大半だし思い出したくもない奴も少なからずいる。まともなのの記憶には必ず厄介なのが混じってるから。」
そんな奴僕が忘れさせてあげるよ。そう、簡単に言えたら。
「ちょっとだけでいいから。厄介なの出てきたらそこは言わなくていいから、先生の、過去を教えて?」
「……」
ため息をつきながらその瑞々しい唇が紡ぐ物語に、今は集中することにしよう。
大好きな人との安らかな午後。幸せなひと時だった。
物陰から「なに?俺の話してんじゃん。」とか言いながら歩いてくる黒髪の男がいなければ。