花火と口紅とマヨネーズの憂鬱
高取和生 様からFAをいただきました。
私は、混乱していた。アイツの言葉が理解できない。
「期待?」
私の口は、ただ、単語を1つオウム返しにしただけだった。
「覚えててくれたんだろ? その、嫌な思い出になってたんだったら、あれなんだけど……。」
アイツの声が急に小さくなった。
「なぁ、嫌な気分だった? でもそれなら、口紅取って置いたりしないよな? でもさ、あれから全然来なくなったし……。」
アイツは、下を向いてぶつぶつと、続けた。
嘘でしょ?
まさか、ずっと気にしてたのか? 1年間。
「えっと、何か誤解があるみたいなんだけど、花火大会の翌日から会社の方が大変なことになっちゃって、残業続きだったんだ。それにほら、私たち、連絡先の交換してなかったじゃん。」
私は、よく考えたら自分の方だってこの1年間、ずっと気にしてたことを思い出し、でもアイツにそれを悟られないように、意識して軽めの口調で言ってみる。
そして、会社で何があったのか、社外に漏らしてはならない最低限のラインを引きつつ、話して聞かせた。
明らかにアイツの表情が明るくなった。
ちょっと嬉しい。
私とアイツは、再び食事を楽しんだ。デザートのアイスクリームが絶品だった。この店は、間違いなく当たりだった。
◇◇◇
今年の花火大会は、ちょっと頑張って浴衣を着ることにした。
都合よくというか、社内に「和服愛好者の会」なるものが存在し、花火大会の時期になると、毎年、若手社員にハードルの比較的低い浴衣を着せようと、張り切る人たちがいることが分かった。
会員の中には、社長と社長夫人が含まれているという恐ろし気な噂もあるにはあったが、私は、1回くらいは浴衣もいいかも、のノリで手を上げた後輩たちの後ろにくっついて、その会の「浴衣を着ようぜ!」企画に参加した。
会は、まったく知識が無い社員向けに、最低限の下着や足袋などの購入も纏めてセット購入ができるように取り計らってくれた上に、浴衣の貸し出しと、着付けの練習を引き受けてくれた。
どう考えても、社の上の人が混じっていたが、気にしないことにする。
当日は会社の会議室の一部が着付け場所として解放された。
私が借りたのは、藍の地に向日葵の絵柄のシンプルな浴衣。それに薄緑色の帯。文庫結びのリボンぽいのがどうにも気恥ずかしかったので、貝の口結びを教えてもらってあった。帯締めは白、帯留めは胡桃色のものにした。
向日葵の花びらの一部にだけ梔子色が入っていて、派手すぎず、それでも、明るく柔らかい黄色がポイントになっている。
会のメンバーたちは、さっさと自分たちは浴衣を着てしまっており、初心者の私たちの着付けの様子を見て廻ってくれていた。
髪は和の感じの文様が入ったバレッタで留める。
足元の方は、迷ったがサンダルを準備していた。会の趣旨は、「もっと気楽に浴衣を着て欲しい!」らしく、サンダルでも問題無し、ということだった。履き慣れない草履で靴擦れを作って歩けなくなり、嫌な思いをするくらいなら、浴衣は本来カジュアル着なのだから、シンプルなサンダルを選べばと、予めアドバイスがあったのだ。
普段持ち慣れているカバンでは大きすぎるので、お借りした籠バックにお財布とスマホと最低限の化粧品を入れ、あとの荷物は会社のロッカーにしまった。
変に身軽で心許ない。私は、着付けを手伝ってくれた先輩社員に挨拶を済ませると、待ち合わせの場所に向かった。
そして、駅前の大時計の下にアイツを見つけた。
アイツは、シンプルなブルーのTシャツにジーンズ、足元はスニーカーだったが、充分に、カッコよかった。
が、私が近くまで行くと、ちょっと大げさな感じで言った。
「うわぁ、失敗した。俺も浴衣にすればよかった。」
そして、続けた。
「浴衣似合ってる。あと、やっぱり、その口紅いいなぁ。」
私たちは、川沿いの方へと向かって歩き出した。
途中、道の両脇の屋台で食べ物を買いながら、去年とは違う花火大会の雰囲気を楽しんだのだった。
花火が打ち上げられる音もずっと大きく聞こえたし、開く時に小さく鳴るパラパラという音もはっきりと聞こえる。
風向きが変わると、ちょっと焦げたような火薬の臭いが微かに感じられたし、屋台の方から流れてくる焼きそばやカステラの匂いも混じっていた。
花火が続けざまに打ち上げられ、次々と開いては消え、重なり合って光が瞬くのを、私は幸せな気分で見つめていた。
「あぁ、俺、ちゃんと生きてるんだなぁ。」
アイツはそう言った。
「先生が言ってたんだ。無理は駄目だけど、好きなことをしていいって。絵を諦めなくてもいいし、好きな子も好きだって言っていいって。新しい薬はまだ分からない点もあるけど、少なくとも何もかも諦めなきゃいけない病気ではなくなったんだって。俺、運が良かったんだ。きっと。」
私は、アイツと歩きながら、新しい薬を作ってくれた名前も知らないどこかの偉い人に、心の底から感謝した。
川沿いの土手には、もう、大勢の人たちがいて、私とアイツは仕方なしに、隅っこの僅かな空間に場所を確保した。アイツがリュックに入れてきたビニールシートは全部を広げるわけにもいかず、2人が座るスペース分だけ、折り畳んだままの形で置かれた。
蒸し暑さに、汗が滲む。
けれどアイツは少しも気にする様子を見せなかった。
花火大会が終盤を迎えるころには、髪の毛も汗でかなり濡れていて、それがすごく恥ずかしかった。それ以上に握られた手にどきどきしてしまい、会話も続かなかった。
最後にぶちまけるかのように、どんどん花火が上がっていく。
最初のゆっくりとした打ち上げと違って、余韻すら中途半端に打ち消され、せわしなく夜空に花が咲く。
ドンドンという音も、ひゅ~という音も、パララという音も、全部が混ざり合って、途切れなく鳴り響いた。
隣でアイツが動く気配がした。
そして、唇に何か温かいものが触れた。
私は動くことも出来ずに、ますます重なりが複雑になった花火の音を頭上に聴いていた。
◇◇◇
付き合いはじめてから分かったことだが、アイツの味覚はお子様仕様なのだった。
とにかく、野菜は何でもマヨネーズ。ツナはともかく焼き鮭や白身魚のムニエルにもマヨネーズ。鳥の唐揚げや豚の生姜焼きにもマヨネーズ。
けっして得意とはいえないものの、それなりに頑張って作った料理の上に、何のお構いなしにマヨネーズをかけてご満悦な様子を見ていると、腹が立つというより悲しくなった。
こんなに何でもマヨネーズのくせに、私のBLTサンドを掻っ攫っていったのか。
あ、あれも味付けはマヨネーズだったか。
私は、溜息をついた。
そんな時、アイツは笑う。
「大丈夫、そんなにしょっぱくないから。」
困ったことに、そんなアイツの笑顔が堪らなく好きだ。
ちゃんと健康なものを食べて欲しいのに。
私が文句を言うと、アイツはまるで失敗を責められた子犬のような目をする。
誤魔化されませんよ。
あぁ、どうにか、マヨネーズなしでも美味しいと思わせることができる料理は作れないだろうか?
私は、溜息をつきつつ、ネットでレシピを探す毎日なのだった。
―――― 本編部分 完 ――――
ホラーからの退避も兼ねて、恋物語、にチャレンジしてみました。
甘々じゃなく、マヨネーズ味になってしまうあたりが、猫のへなちょこたる所以でしょうか?
お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、これ、猫の、色ネタ作品『366色の物語』に元ネタ、というか、ほぼそのままの文章があります。
あのバラバラの短文群は、こんな風になることもあるのです(笑)。
途中に、面会時間を過ぎても帰らず、花火を病棟内で眺める描写を入れちゃったのですが、これ、昔というか田舎の病院だったからなのか、似たようなことがありました。
恋愛要素はまったく無いですが(苦笑)。
入院中で楽しみの無い患者のために、病院側が目を瞑ってくれていたのだと思います。
さすがに今は、これ完全にアウトでしょう。
ただ、1年後に病院の外で花火を見る部分との対比として入れたかったので、そのまま書きました。
医療関係の方が読んだら、不快に思われるかと思います。ごめんなさい。
香月よう子 様、企画に参加させていただき、ありがとうございます。
苦笑いを誘うような、困った作品かもしれませんが、「夏の夜」と「恋」はなんとかねじ込みましたぞ! 恋愛小説、難しい。
【追記】(2021/8/28)
ここまでが、企画参加時点での完結です。第4部分までは、改稿していません。
絵:高取和生 様作