王城への呼び出し
今日も今日とて依頼をこなし、冒険者ギルドに帰還する。扉を開ける前から聞える怒号と、それに負けじと張り上げられた女の子の声。
「ギルドでの喧嘩はご法度です! 叩きだすよ!!」
冒険者は距離が近い。居合わせたメンバーで即席パーティーを組んで長旅をすることも多く、宿やら報酬分配でのトラブルを避けるため素早く信頼関係を築くことに慣れている。逆に言えば、みんな親しいので小競り合い程度の喧嘩もしょっちゅうだ。いつも通りの平和な景色に、慣れた手つきで扉を開けて顔を出す。
「ただいま。依頼は無事完了した。確認を頼む」
「おかえりなさい! あれ? オルトさんは?」
受付嬢のリズだけが笑顔で挨拶をくれた。鮮やかなオレンジの髪に薄桃色の瞳。明るく爽やかなリズはシャハール王国の王都冒険者ギルドのアイドルだ。憧れている冒険者は多い。
「あいつならいつも通り宿に帰った。報酬は俺に任せると」
これもいつも通りのやり取りだ。オルトは面倒を嫌う。事実上専属荷運びの俺が手続きをすることが多い。
「そうですか。では、依頼お疲れ様でした。戦功の分配についてはどうなさいますか?」
「最低限の成功報酬は頭割り、今回は俺達二人だからあとはオルトに渡してくれ」
かしこまりました、と頷くリズに手を振って、俺は併設された酒場に移動する。待っていたのは冒険者たちの蔑むような視線だ。
「おい、酒瓶落としのルカだぞ……」
「またオルトにパシられたらしいな。ご愁傷様なことだ」
「なんでオルトはあんな奴気に入ってるんだろうな? 貧弱で戦えない凪位の荷運びなんて、目にかけてやる必要ないだろ」
口々に非難しながら、ぎゃははと下品に笑って冒険者たちは酒を飲み干している。冒険者の最低位である凪位の、戦功を得ることが少ない荷運びが馬鹿にされることなんてよくある。俺は別に気にしたりはしないんだが……ああ、面倒だ。
「俺がどうしたって?」
背後から聞えてきた声に冒険者たちはいっせいに振り向く。そこには笑顔のオルトが立っていた。人狼族特有のぴんと立った耳に話を聞かれていなかったとするのは難しいだろう。剣呑に揺れる髪と同じ焦げ茶色の尾が苛立ちを伝えている。
「い、いや? 別に……なぁ?」
「おう、酒瓶落としの話で盛り上がってただけだぜ?」
「あれは伝説だからなぁ」
口々にそう言う冒険者にため息をついて、オルトは武器である曲刀の柄に手をかける。
「別に仲間内で盛り上がるのはいいけどよ。俺が誰を使おうがお前らには関係なくねぇ?」
流石は上から三番目、細氷位の戦士だ。今この場にいる連中はせいぜいが下から三番目、雹位だろう。束になっても敵わない。一睨みで管を巻いていた冒険者たちを黙らせてしまった。
「はぁ……オルト、頼むから面倒事を増やさないでくれ……」
一応庇われたにしてはあんまりな発言に、周りの冒険者たちが不満げに俺を見る。とはいえ、俺もマイペースで通っている。言っても無駄だと判断したんだろう。冒険者たちは思い思いの会話に戻っていく。
そもそも、冒険者は基本、同じ位階のもの同士、自分の位階にあった依頼しか受けない。例外は、戦功を得られない荷運びだ。荷運びだけは位階に関わらず双方の合意があればどんな依頼にもついて行けるのだ。それから、もう一つ例外がある。
「はぁ……それにしても、『星降り』の奴、どこ行っちまったんだろうなぁ」
冒険者の一人がそんなことをぼやく。話題の中心になっているのは半年ほど前に忽然と姿を消した世界最強の冒険者、5人しかいない極光位に到達した冒険者のことだ。極光位もまた、特権として自分の位階に関係なく依頼を受けることができる。
『星降り』は極光位の中でも一番謎に包まれた、魔術師であり、今は死んでいないことくらいしかわかっていない。死んでいないことがわかっているのは、死亡した場合冒険者カードの効果でギルドに通知がいくからだ。
まあ、俺がその正体なんだが。だって、極光位が動く必要がある事件は面倒くさい。幸い、この国にはもう一人極光位がいることだし。直接指名がこなければわざわざ動く必要もないだろう。
なんて考えていると、オルトが俺に耳打ちしてくる。人に聞かれたくない話はだいたい面倒事だ。思いっきり嫌そうな顔で聞く。
「リュシリウス、陛下から呼び出しが来てるぜ」
ほら、言わんこっちゃない。冒険者「ルカ・サヘル」の顔から王族「リュシリウス・シャハール」の顔に切り替えつつ、ため息。王である兄上がわざわざ王位継承権のない俺を呼ぶような用事がろくなものであったためしがないからな。
「他の奴なら無視したけどよりによってミトラス兄さんかぁ……」
兄上には色々な意味で頭が上がらない。がっくりと頭垂れた俺にオルトはさらに追撃とばかりに言葉を続けてくる。
「それから、アンナ様が久しぶりにお茶したいって」
アンナは俺のいとこだ。王族じゃないが、おそらく政治的な駆け引きのうまさで言ったら俺より全然上だ。俺のために色々とがんばってくれてるから無下にはできない。
「はぁ……今晩には顔を出す」
俺の返事に満足して、オルトが席を立つ。明らかな面倒事の匂いが、すぐそばで感じられた気がした。