自己紹介──2
「とりあえず、そうだな。自己紹介でもすっか」
そこで、目の前の女性は立ち上がった。
前述した通り、僕との身長差はかなりある。見下ろされるように見られることには慣れているが、それでも、ここまでの人はなかなか居なかった。
もしかするとこの人、僕の父より身長高いんじゃないか? そうなると、出会った人の中では一番かもしれない。
「自己紹介……」
この人の、情報か。
それは、たしかに今知りたいことの筆頭ではあった。国王であるトール王と、右大臣であるエリザベスさん、その両方と話が出来るこの人は一体何者なのか。
「あたしは、リューク・アラカルト」女性は胸に手を当て、そう言った。「まぁ、リュークとでも呼んでくれ」
「…………アラカルト?」
「おう、気付いたか?」
アラカルト。
アラカルト?
その性はどこかで聞いたような気がする。ついさっき、ついさっきだ。
ええと、たしか──
「!」
「おっ、その顔は気付いた顔だな。心を読まなくても分かる」
ニヤニヤしながら、女性は言う。
まさか。まさか。
この人この人、この人! 誰に対しても、やけに態度がデカいと思ったら。
まさか。
「あたしは、国王トール・アラカルトの孫娘だ」
「…………っ!」
予想は当たったようだった。本人の口から爆弾発言である。
リゲル国国王の直系血族。この広大なリゲル国を治める一族の、その一人。筋金入りのお嬢様。凡人とは住む世界が違う。
そんな人だったのか、この人。
どおりで、国王にもエリザベスさんにも、対等に話が出来るのだ。
「あたしを見て、お嬢様なんて思う奴はいねぇだろうがな」言いながら、リュークさんは席にまた座った。「トールとは違うだろ、見た目。結構」
「それは──そうかもしれませんが」
たしかに、この人を一目見ても、そんな高貴な家柄の、血統書付きの、名前すら呼ぶのが憚られるような人間には見えないだろう。
ただ、立ち振る舞いからは、その片鱗は見えていた気はする。
「ちなみに、歳は──知りたいか?」
そんな風に豪快に、妖艶にこちらを覗くリュークさん。なぜそんな、真反対の形容が成立するのか、自分でも分からなかった。
歳。年齢。見た目から計るに──三十は越えてなさそうだけれど。それでも、厳密に特定は出来ないような不思議な容姿を、この人はしていた。
二十もいってないと言われても、なんとなく納得出来そうな──それでいて、三十と言われても腑に落ちるような。
「歳は……遠慮します」
反射で、断った。なにか、怖い気がする。
それを聞いてしまったら後悔するような雰囲気が、この人からは滲み出ていた。
「くっくっくっ、そりゃ、賢い判断だ」
そう笑うリュークさんからは、やはり、王族のようなオーラは感じられなかった。どちらかというと、蛮族にいる人間のような感じだ。
というか、今、普通に会話しているけれど……こんな風に会話出来る人間じゃないはずなんだけどな、この人。
一般の人間は本来、会話どころか、対面することすら許されない種類の人類だ。蛮族のような雰囲気を感じるけれど、そんな身分ではないはずである。
「誰が蛮族だ」
睨まれた。
そうだ、この人は心が読めるのだ。下手な感想は、心の中でも控えた方が良さそうだった。
なんて、厄介な。
「そんでお前が──プロキオ村出身のソラ、だな」
と。
自分は自己紹介を済ませ、今度は、僕の番ということだろう──女性、リュークさんに、値踏みするような目線を向けられた。
「……はい」再度、答える。「……僕が、ソラです」
「幼馴染を殺した罪で、死刑ね……」
と、そこで、リュークさんは天を仰いだ。目は瞑っており、なにか考えているようだった。
何を考えているのだろうか。
いや。一応、僕も言っておきたいことがある。絶対に、言わなければならないことだ。
「あの。僕は殺人なんて、やってないんです。本当に──」
「ああ、知ってる知ってる。くどい奴だな」
「…………」
しかし、僕の弁明は、そんな風に軽く流された。目は瞑ったまま。
知ってる? 知ってるって、どういうことだ?
まさかあの時、この人は見ていたのか?──あいつが消えるところを。いや、さっきの国王との会話の中で、誰もその場にいない以上は、って言ってたはずだ。この人があの場にいたという可能性は、ない。
なら、何故、リュークさんは知ってると断言出来るのだろうか。
「なんで、信じてくれるんですか?」
恐る恐る、聞いてみた。
この人はなにか知っているのだろう。あいつが消えた理由、またはそれに関係するなにかを。
それに、関係するなにか。
いや、違う。そうじゃないのか?
「!」
一つ。少し、考えたくもないような可能性がちらつくけれど。
もしかして。
もしかすると、これまで、誰にも信じて貰えなかった僕の証言を、いとも容易く信じるこの人は──
「犯人なんじゃないか──と、お前が考えるのも無理はねぇよ」
またも、リュークさんに思考を読まれる。けれどこの考えは、心を読まなくても分かっただろう。自分でも分かるほどに、僕は今、この人を疑っているのが顔に出ているだろうから。
僕の証言──それを信じた人は、父を除けば一人もいなかったのだ。それなのに、この人はそれを信じるという。それが意味するところは。
もしかして。
この人は、あいつを消した張本人なんじゃないのか。
「いやいや、これに関してはお前を責められねぇ。これこそ、誰でもそう考えるだろう。分かる分かる」
僕の思考を受けて、リュークさんは頷くように言った。
急に、今まで普通に話していた自分が恥ずかしくなる。この人が犯人なのだとしたら、僕にとっては、幼馴染の仇ということになるのだ。
ざわざわと──心がざわざわと波打つ。
「……くっくっくっ、色々と考えてるみてぇだが、あいにくだな。あたしは犯人じゃねぇよ」
「…………」
ケロっと言うリュークさんだった。
ならば。
ならば、なぜ、あいつのことを知っているんだ。
プロキオ村は僕の出身だけれど、あの村は決して、人の出入りが多い方ではない。だから、情報が外に出る事も、外から情報が入ってくることも少ないのだ。
そんな村で起こった事件に対して、一定の理解があるなんて──そんな人物、当事者以外いないだろう。
「いや、あたしが知っているのは、お前の幼馴染じゃねぇよ。そっちの方は、知らない」
「……そうなんですか?じゃあ、あなたは、何を知っているんですか?」
「あたしが知っているのは、急に人が消える現象の方だよ」
「……人が消える、現象?」
「お前がそう言ったんだろ?」
「…………」
リュークさんに言われ、考える。
それは、僕の証言の根底にあるものだった。あいつが消えた、あの日のことだ。
あの状況をどれだけ思い出してみても──あれは、そういうしかないものだった。そう表現するしかないような現象だった。
並んで歩いていて。
気付いたら、あいつは消えていた。
あの事件を言語化しようとしてみても、これが限界なのだ。これ以外に形容のしようがない。
その事件──現象について、この人は知っている?
「そうだな、お前に説明するには、まずそっからだよな。さーて」
リュークさんは天を仰ぐのをやめ、こちらを向く。目はもう、開いていた。顔は、なにか企んでいるような、そんな顔をしている。
どうやら、何故僕を助けてくれたのか、何故僕の死刑を止めてくれたのか、その辺りの説明をしてくれるらしい。
たっぷりと、間をとって。
それから、リュークさんは言った。
「お前、異世界って知ってるか?」