自己紹介──1
「どういうことなんですか!」
リゲル国王の住まい。
リゲル城。
その客室で──僕、エリザベスさん、それに謎の女性の三人は、ソファに座り、向かい合っていた。
いや、ソファに座っているのは謎の女性一人だ。女性は足を組んで座っているけれど、エリザベスさんと僕は、お互い少しの距離を置いて立っている。
「どういうことって、なにがだよ」
と。鬱陶しそうに謎の女性は、エリザベスさんに答えた。
見た目から嫌でも伝わってくる豪気さを持つこの謎の女性は、一人でソファに座っていることになんの居心地の悪さも感じていないようだった。邪魔になると、コートは脱いでいる。
「だから、なんであれだけの会話で死刑が取り消しになるんですか!」言い浴びせるように、女性の行動の結果の謎を、エリザベスさんは訊く。「あなたにはそれほどの権力はないはずです!」
「くっく。右大臣には分かんねぇだろうなぁ。あたしの言葉から精々、予想してみればどうよ」
「ぐっ……」
謎の女性も、笑いながらそれに答えるのだった。
「………………」
およそ、五分前。
あの王室から、エリザベスさんの案内でここまで連れて来られた僕は、それからずっと、この調子で続く二人の会話を聞かされているのだった。牢屋から王室、そしてここまで、ノンストップだったから、裸足のまま。
なんなんだ、これ。何が起こっているんだ?
「…………」
それにしても、この謎の女性。国王より立場は低いだろうが、それでも、自身の要求を国王に直談判していた。つまりは、右大臣であるエリザベスさんよりも立場は上だということで──僕はあまりリゲル国の身分階級について詳しくないけれど、それは、僕が思っているより恐ろしいことなんじゃないだろうか。
国王にあんな口の聞き方を出来る人なんて、そうはいないはずだ。いるとしたら、その人は、それほどの身分を持っている人間ということになる。ならばこの人は、それができるほどの身分の人間なのか? 口振りはともかく、立ち振る舞いは、国王にも引けを取らないほど華麗なものだし。
ただ、それが分かるとますます、何故この女性が僕を助けてくれたのかが分からなくなるんだけれど──そんな身分の人が僕を助けてくれる理由なんて、僕には思いつかない。
本当に、何が起こっているのだろうか。
なんで、この人は僕を助けてくれたんだ?
そもそも、助けてくれたんだよな?
「というか、いいのか? ソラのことに関しては、不問って言われてたよな。仕事に戻らず、こんなとこで道草食っててよ」
「────っ! あなたに言われたかないですよ!」
「くくく。それ、ジジィにも言われたな」
座ったまま、謎の女性は軽く笑う。
それと対照的に、「……もう、いいです!」と、エリザベスさんは来た道を戻っていった。謎の女性の軽口を背中に受けながら、歩きに怒りを滲ませて──その後ろ姿は、国の要職故の理不尽の多さを、多く経験した人間の背中だった。
なんというか。
いろいろ言われたし、死刑にされるところだったけれど、なんというか、エリザベスさんに同情している自分がいる……。
それもこれも、この謎の女性のせいなんだけど。
「で」
「…………!」
あ、と。
そこで、気付く。
エリザベスさんがいなくなった事で、今僕は、謎の女性と二人きりになってしまったことに。
「改めて確認するが……お前が死刑囚、ソラで間違いねぇな?」
「…………」
僕が立って、この女性は座っている──はずなのに、水平に目が合う。椅子自体にもそこそこ高さがあるのだろうけれど、それだけで、この女性の身長の高さが感じられるというものだった。
森で獣と会った時のような、そんな威圧感に似ている。
「……そうです、はい。僕はソラって名前です。」
無視したら殺されるかもしれない──だから一応、答えてみた。
一応というならば、一応、この女性は命の恩人のはずなんだけれど──それでも、今まさに食われるのではないかと思うほどの存在感を、僕は感じていた。
重ね重ね、誰なんだろうか。
「そうかそうか、そりゃ良かったぜ」謎の女性は安心したように、笑う。「人違いで殴ったらどうしようかと思ってたんだよ、良かった良かった」
「…………」
僕ならいいのか。なんで殴ったんだ。
まぁそんな、恨み言のような感情は置いておいて──そこで、こっちこそ、改めてこの女性を観察してみた。あの時は、状況が状況だったから、大雑把にしか見えなかった。
近くで、もう一度。観察する。
引き締まった足に腕、見る者を圧倒させるような優雅で動き易そうな服装。綺麗に日光を反射しているヒールは真っ赤に染まっていた。ただ、あんな怪力があるようには見えない。筋肉の作りが他人とは違うのだろうか。
と、そこで女性は、こちらも観察していることに気づいたようだった。
「なんだなんだ? あたしの体に興味あるのか。くっくっくっ、死刑囚といえど思春期には勝てねぇみたいだなぁ。いいぞ、ちょっとだけならあたしの胸、触ってみても」
「…………」
なんだ、これ。本当に。なんなんだろう、この人。
なにせ、こちとら田舎育ちなのだ。こんなタイプの人間と会話したことなど、万に一つもないと断言出来る。これが都会の流儀なんだろうか──だとしたら、僕の育ったプロキオ村とは、まったく違う世界に来たような感じだけれど。
と。
「『まったく違う世界』──ね」謎の女性は、そう言った。「今、そう考えたろ?」
「…………!」
な──んだ?
僕の考えていることを的確に当てられた。
「的確に当てられるわけじゃ、ないけどな」
「…………」
またも、考えたことを言い当てられる。
なんだ? なにをされた?
少なくとも僕が見た限りでは、怪しい行動なんて、この人は少しもしていなかったはずだ。
「あたしはなぁ、断片的に人の考えていることが分かるんだよ。全部が全部分かるわけじゃねぇが、単語ぐらいならな」
なんとなく分かっちまう、と面倒くさそうに嘆息して、彼女は言う。
心が、読める?
それは、それは。
これは──僕が田舎育ちなだけなんだろうか。僕が知らないだけで、誰でも使える魔法だったりするのか?
「そんなわけねえだろ。多分、あたしだけだよ」
「……本当に、なんでも聞こえるんですね」
「だから、万能なものじゃねぇっての。あくまで断片的に聞こえるだけ」
「…………」
この人は、どうやら本当に、人の思考が読めるらしい。断片的に。
いや、それでも、十分すぎるほどの才能だろう。誰もが羨むような能力じゃないだろうか。
「生まれつきあった力じゃねぇけどな」
生まれつきじゃないのか。
口に出さなくても会話が成立する。その便利さと気持ち悪さに、少し、戸惑いながら──そこで、疑問に思ったことを聞くことにした。
多分、口に出さなくても伝わっているだろうけれど。
「生まれつきのものじゃないんですか?」
「ああ、あんま思い出したいことでもないがな。少し前に……っとこの話は今はいいか。本筋とはなにも関係ない──わけではないけど、まぁ今はいいだろ」
と、そこで彼女はこちらに身を乗り出してきた。
必然、水平だった目線は、彼女の方が上になる。
「本題に入ろうぜ」
その女性は言う。
物理的に、上から。
「お前も不思議なことがいっぱいだろ? 優しい優しいあたしが答えてやるよ」
それは。
それが、本題?