表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
折衷世界  作者: 西江くら
ソラ 折衷世界
4/27

リゲル国──1

 ()()()が居なくなってから一週間が過ぎた。ぼくは、ボロボロになったむしろの上で、目を覚ます。

 体内時間では、多分、朝。

 ここは、リゲル国の所有する牢獄(プリズン)だ。リゲル国内で罪を犯した者が軒並み捕まり、狭く冷たい部屋の中に収容される。中には凶悪な犯罪に手を染めた者もいるようで、それらに対する兵の対応というのも、この一週間で幾度も見てきた。そんな場所だった。

 もちろん、生まれた時からこんな暮らしだったわけではない。ほんの七日前までは、レンガ造りの家に住み、父と母と、少し憎ったらしい弟と、大好きな幼馴染がいた。

 確かに、いたのだ。


「起きたか?」


 と。

 その声の主は牢獄の入口、その外側に立っていた。寝起きの目を凝らし、そちらを向く。

 そこに立っていたのは僕の父だった。

 動物の毛皮を剥いで作った服を身に纏い、そこから伸びる手足には歴戦の古傷が見える。男にしては長い黒髪を自由に伸ばしているその姿は、雪男のようだった。

 ハンス。それが父の名前だ。


「話をさせてもらえるように、無理を言って来たんだ。歳も歳だからな。捕まった息子に会いに行くって泣き落として……ソラ、元気か?」


 父はこちらとあちらを隔てる檻を、心配そうに手で握っていた。僕がここに入れられてから、もう七日も経っているのに、父は未だに慣れていないようだった。

 まぁ、それはそうか。

 こんな状況に慣れるなんて──多分一生来ないだろう。


「……あぁ、父さん。元気だよ……多分」


 乾いた喉でなんとか、返事を返す。

 こんな劣悪な環境で暮らすのは始めてだから、これから先もずっと元気でいられるかは分からないけど。でも、今は少なくとも元気だ。自分の黒髪がざらざらと音を立て、唇の皮が剝けて喋るのに少し違和感があるくらい──あと、裸足だからか、足先の感覚がなくなっているような気がするくらいで。


「……ごめんな。俺に力が無いばかりに、こんな辛い思いさせちまって」

「…………」


 父はぼくの返事を聞き、安心したようだったけれど──と同時に、真剣な顔で口を開いた。

 普段は狩りをし、色々な獲物を殺して生活に役立てている父も、この状況には打つ手がないらしい。今までで見た事がない程に、消沈しているようだった。


「……大丈夫だよ」


 実の父の心配を一身に受けながら、答えて。考える。思い出す。

 今の状況。

 それは、絶望するには十分すぎるほどのものだった。

 まず。

 ()()()が消えたあの日。僕は、殺人の容疑で、国の警備隊に捕まったのだ。

 僕の歳はまだ十三だけれど、それでも、人を殺したという罪はこの国では重いらしい。歳など関係なく投獄、と定められているとか。

 国の兵に通報したのは、()()()の家族だ。娘が帰ってこないことを心配し、僕に問い詰めても答えが返ってこないことに激昂したのだろう。当たり前だ。一人娘が遊びに行って帰らないなど、なにより一大事である。

 勿論、僕は何度も反論した。

 知らないと。僕の方こそ、知りたいと。

 ()()()の行方を聞かれても、僕には分からないのだ。どこに行ったのかも僕は知らないのだ。結果、なにも答えることが出来なかった。なにも、()()()の家族に対して言えることは無かった。

 一つ言えるのは、気付いたら、僕の前から消えていたということ。

 跡形もなく、影すら残さずに。


「……なんなんだろうな」


 しかし、それを言った僕は、()()()の親にぶん殴られたのだった。おそらく本気で、死んでもいいというほどの力で。

 そんなわけがないだろうと。娘を返せと。

 ぐちゃぐちゃになるほど、思い切り。それは、自分の子供を想う、親の拳だった。 

 痛かった。

 痛かった。


「…………」


 けれど。

 けれど。それは、僕のセリフなのだ。

 僕の方こそ、言いたいセリフなのだ。

 僕は、なにも知らないのだ。

 『大人になったら……結婚しようね』とか。

 『いつまでも一緒だよ』とか。

 僕たちが積み上げてきた会話の一片は、あの日から毎日、夢に見る。

 その度に死にそうなほどに吐き、死にそうなほどに泣くのだった。


「…………あぁ。駄目だ」


 失ってから初めて。

 僕は、()()()の重みを知った。  

 自分にとってどれだけ大きな存在だったかを、知った。

 それは多分。

 多分、僕が、気付いてなかっただけだ。

 身近にありすぎて、そうと気付かず生きてきたのだ。

 あるのが当たり前だと。

 これから先、失うことはないと。いつでも、手を握れるのだと。

 そう、勘違いしていた。

 けれど──そうではないことを、知った。

 かけがえのないものなのだ。

 僕という人間が、生きていけるのも。

 僕という人間が、存在できるのも。

 ()()()がいたからだと。

 僕は、失ってから初めて気付いた。

 夢に見るのだ。

 ()()()が、僕の隣で笑っている。

 ()()()の声が、僕の耳を通る。

 ()()()の手が、僕の手を取る。

 全部、全部、覚えている。

 絶対に、過去にあったはずの。

 そんな、幸福が。

 絶対に、あったのだ。

 僕にも、あったはずなのだ。


「…………」


 この牢獄での七日間は、そんな風に過ごした。おそらく()()()の家族も、同じような七日間だっただろう。僕の家族だって、似たような日々だったらしい。

 目の前にいる父は、自分に誠実な人間だ。息子を守りたいという思いの一方で、僕の容疑を晴らす証拠がなにもないことに葛藤しているのだろう。


「──いや。僕の言ってる事はたしかに、訳が分からないから……仕方ないんじゃないかな」


 出来るだけ父を心配させないように言葉を選ぶのは、やはり辛かった。


「そうか……いや、俺はソラのことは信じているからな。殺人だなんて……やってないよな?」

「……うん。僕は本当に知らないんだ。()()()がどこに行ったかなんて」

「そうだよな……」


 父は、そんな僕を見、下を向くようにする。

 父と子。互いに分かっているのだろう。

 そんなことをする人間ではないと。なにかの間違いだと。

 と。 


「………今日はな、ソラにあることを伝えようと思ってな」

「…………」


 そこで、父が意を決したように。

 こちらを、向いた。

 あること。

 父の様子を見るに良いことではなさそうだった。

 僕は今、牢獄にいる。そんな僕に、伝えたいこととはなんだろうか。

 嫌な予感がする。


「実はな……」


 それは、僕に、詰みを宣言することと同義だった。


「ソラ、お前の死刑が決まった」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ