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折衷世界  作者: 西江くら
ソラ 折衷世界
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プロローグ

「結局、『なりたい自分』なんてのは、目標ではなく夢なんだろうよ」


 目標ではなく。

 夢。

 どういうことなのだろうか。


「おう。こうなりたいとか、ああなりたいとか、漠然と誰もが思っている未来の『自分』ってのは、大抵、目標じゃなくて夢なんだよ」


 目標と、夢。

 どういうことなのだろう。

 俺には、その違いが分からないけれど。


「ん。いや分かるだろ、お前は。その二つには莫大な距離と膨大な違いがあるって、お前は知ってるはずだぜ。だって、目標は叶えるもんだけど──夢は見るもんだろ? 結局、なりたい自分に対して『夢』なんて言ってる奴は、ネガティブな集中しか出来ない奴なんだよ。夜寝て、いい夢を見るまでガチャしてるのとおんなじさ。サイコロ振ってるような感覚で、ころころ自分に都合のいい夢を選ぼうとしやがる。そんなの、目標とは言わねぇよなぁ──つまり、目標はなにをおいても辿り着きたい境地だが、夢はやりたくないことから逃げ続けた人間の堕ちる地獄なのさ」


 目標は、辿り着きたい境地で。

 夢は、堕ちる地獄。

 目標は叶えるもので──夢は見るもの。


「そうだ。だから夢って言うんだろ、なりたいものとか欲しいものとかって。つまり、自分自身が一番、それを手に入れることができないと自覚してるってことだよ。そうして、成った後のことばっかり妄想して──いつか、夢見る生活から現状維持の生活に移行すんだ。人間ってのはな。じゃなきゃ、自分の欲に対して、夢だなんて呼称しねぇだろ。欲望ってのは、寝れば達成されるのか?」


 俺には、ただの言葉遊びにしか思えないけれど。

 しかし、俺の反論など意にも介さないように、この人は言う。続ける。


「もちろん、それは個人の責任じゃない。個人が夢を見るのをやめて現状維持の生活に移行すんのは、個人に責任はない。なんでって、もしかしたらそれは、時間の流れが原因だったりするからだ。個人のものではなく、時間という抗えない概念が原因かもしれないから──だから、個人に責任はないんだ。時間……もしくは、世界の方か。もしくは、親か……とにかく、夢を追う生活をやめて現状維持に進むって選択には、個人に責任はない。個人は悪くない……少なくとも、そいつに責任はない」


 勝気に強気に。

 言い分的に、この人は『目標』しか持っていないんだろう。なのにこの人は、夢を持った人間のことを語っていた。


「現状維持にはどうしても、苦しみが伴うものだしな。苦しまなければ、現状維持なんて出来ないと言い換えてもいい──ま、とにかく、自分の意識がここにあると断言できる期間は、有限なのさ。だから、夢見る生活がいつまでも続かないってのは、誰にも責任はない。誰にも、責任はな」


 どうやら、夢を持った人間どころか夢を捨てた人間のことも、この人は考えているようだった。

 責めているわけもないし、否定しているわけでもない。ただ、自分とは違う人種だとして、この人は語っている。

 つまるところ。

 目標を持った人間が一番上にいるのは間違いないと。で、夢を持った人間とそれを捨てた人間は──それ以外に分類されると。

 そう言いたいらしかった。


「自分の生まれ育った土地で、生まれ育った空気で、生まれ育った人間と共に生きていく。現状維持ってのは、往々にしてそういう側面をもつ……これも、『目標』とは程遠い話だ。『夢』で終わってもいい人間ならそれでいいかもしれないけれど、個人が『目標』を持ちたいなら、そういうわけにもいかねぇよなぁ……世の中、そういうもんさ」


 話がいいくらいに進んだのを感じて、ここいらで、聞いておこうと思った。

 それはいいとして。

 じゃあ。

 そういうあなたは、『夢』は持ってないってことですか。


「持ってないね。だが、『目標』ならある──分かるか? あたしのコレは夢じゃねぇんだよ。目標で、目標でしかないんだ。なにがなんでも辿り着きたいものなんだ──だからあたしは、それを叶えるためになんでも出来る。なんでもやれる」


 夢を持つ人間。それをなくした人間。

 ならば、俺は。

 俺に求められるのものは。


「お前も、『目標』、あんだろ? ならこの話は、自分の生まれ育った場所だけじゃ収まらないだろうよ。もっと広い、もっと広大な、もっと面倒な──そんな話になるはずだ」


 現状維持ではなく。

 物語の終わりまで。

 俺達は進むと。


「あたしがお前を連れ出してやるよ」


 決め台詞だった。


「あたしとお前は仲間だ、いやでも付いてこなきゃならんだろうが──あたしが、お前を連れ出してやる。少なくとも、スタートダッシュくらいは手伝ってやるさ──だから、安心して戦えばいい。耳を塞ぐな、世界の音を聞け、外に出ろ。どいつもこいつも仲良くするのに値する人間かどうか他人を選定するのに忙しい世の中だ、誰もお前のことなんて意識しちゃいねぇよ。てめぇが悩んでんのは分かったから、いい加減動け。閉じこもんじゃねぇ。戦え」


 酷い罵声だった。  

 愛のある──罵声だった。


「あたしが連れ出してやるよ。お前が生きていくのに──助けてやる。夢じゃなくて、目標を叶えるためにな。あとはお前次第さ」


 だったら。 

 それが、もし、正しいのだとしたら。

 考えるべきなのは。

 だったら──俺みたいな人間ってのは、目標を叶えるためには、どうすればいいんですか。


「そりゃ、一つしかねぇだろ」


 この人は答える。

 実に簡単そうに、少し意地汚い笑顔を浮かべながら。


「目標を叶えたいなら──まずなにより、自分に打ち勝たなきゃならねぇ」

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