第3話 王都からの脱出
脱出(逃げる訳では無い)。
朝、目を開けた奏多の前にはシロが居た。
一人部屋に二人寝ているのだから、同じベッドを使うのは当然だ。なお、日本に居た時もそうしていたので抵抗はない。
(うーん……自分の胸に顔を埋められるのって妙な気分だな……)
シロは抱きつき癖があるため、起きると顔が目の前にあるなんて言うのは日常茶飯事の出来事。
しかし、胸に顔を埋められるのは初体験なのである(当たり前 )。巨乳とは言わないまでも、あるか無いかで言えば〝そこそこある〟だろう。
戸惑いつつも気持ちよさそうに眠るシロを見て、「ああ、何も変わってないんだ」と安心する奏多。
「んぅ……にゅぁ〜……?」
「毎度の事ながら変な欠伸だ……」
「うぅ……変じゃないもん……」
「ごめんごめん、可愛いよ」
「えへへ〜、そうかなー?」
ちょろいだなんて……少ししか思ってない。
実際、欠伸が変なだけであって、声や表情は可愛らしいのだから。
「かなた、大好きっ」
「ああ、俺もシロことが好きだ」
もちろん、好きというのは家族としてである。
けれど、姿が変わっても変わらず慕ってくれるシロには感謝しかない。今ここにシロが居てくれるからこそ奏多は落ち着いていられる。
もしも、シロが居なかったら……こうも冷静には居られなかっただろう。不安、焦り、孤独感、色んなものに押しつぶされていたかもしれない。
「ありがとう、シロ」
「? んー? シロ、なにかしたー?」
「いや、いつも傍に居てくれてありがとうってこと」
「じゃあ、奏多もありがとー。傍に居させてくれて」
思わず奏多は目を瞬かせる。
予想外の言葉に恥ずかしいやら照れくさいやら。結局、耐えられなくなったので起き上がることにした。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「いってらっしゃーい」
トイレに入り、パンツ――もちろん男物――を脱いだところで気づいてしまった。
(そ、そうだよな、何もついてないに決まって……いや別のものならついてるけど……)
激しく動揺しながらもとりあえず用を足す。
普通の水洗トイレではないようで、奏多には魔力の流れが感じられた。水道の代わりに魔法で代用しているのかもしれない。
……と、そんなことを考えていれば体のことなど気にならないであろうと思っていたのだが、
「……普通に拭いていい……のか?」
何をしてるんだろう……とは思いつつも、恐る恐る拭き取る。
……朝から微妙に疲れてしまった。
「おかえり……と、おはよう」
「うん……おはよう」
部屋に戻ると、奏多の部屋には瑠美が居た。
「……服、ぶかぶか」
「あー、まあ、他に着るもの無いし」
「……なら、後で買いに行く」
「……え?」
買いに行く……女物の服を?
奏多は固まる。それはさすがに、と。
「大丈夫、服を選ぶのは、任せて」
「いや、そういう心配をしてる訳じゃ……」
「? 他に何かある……?」
「だって、格好まで女の子になると大事な何かを失う気がして……」
「気にしなくていい」
「いや気にするよっ!?」
慌てる奏多を見て、「ふっ」と笑う。
「女の子なカナも……あり」
「いやなしだから。需要はあるかもしれないけど俺的にはアウトだから!」
「……俺じゃない、僕」
「……仲間内ならいいのでは?」
「普段の口調が、うっかり出る……かもしれない」
一理ある。どこで誰が聞いているかもわからないのだし、そうしておいて損は特にないのである――奏多の尊厳以外は。
なんて話していると、扉がノックされた。
急いでシロに幻影をかけてもらい、なんとか乗り切る。
宿は男の状態で泊まったため、ここを出るまでは男の姿を維持する必要があるだろう。
じゃあずっとそのままにすれぱいい……と思うかもしれないが、長時間はシロの負担だけでなく、大きな問題がもうひとつある。
それは、感覚が無い事だ。
幻影で作った体は触れた感触が分からない。更に、足場の判別も出来ないので戦闘をするには不安が残る。
それを言えば女の子の体でも大変な部分はあるだろう。けれど、そちらは慣れの問題でどうとでもなる。
五感は非常に重要なのだ。
「おー、昼間はこうなるのかぁ……」
朝食を摂ってから外に出ると、夜と比べ物にならないほど人がごった返していた。
「………」
「神崎……? 大丈夫か?」
「……人混み、苦手……」
「なるほど」
奏多が話していた時、瑠美はクラスで言われていたほど無口ではなかった。何故彼にだけ、という部分はあるが、単に人と話すのが得意では無いのだろう。
そんな彼女が人混みを好く理由がない。
ちなみに、奏多が神崎と呼び捨てにしているのは、「向こうがあだ名で呼んでるのに、こっちはさん付けっておかしくない?」と思ったからである。
ふと、奏多は思いついたことがあった。
「なら……手でも繋ぐか?」
「……えと、い、いいの……?」
「ああ、それで気が紛れるならいくらでも」
「……ん」
昨晩とは違い瑠美から手を握る。
少し赤くなっているような気がするのは奏多の気のせい……でもないのだろう。率直に言うと可愛い。
(……でも、どうして手を繋ぐと気が紛れると思ったんだ?)
少し不思議に思った奏多だったが、人とぶつかりそうになったため落ち着いてから考えることにした。
「さて、まずは服かな」
「……女の子になる?」
「いや違くて……女物の服も必要だけどさ、着替えがないじゃん。女の子的に、いいの?」
「!? だめ……!」
奏多としては、あれ? そんなに? という感じではあったが、何かしらの事情があるのだろうとあまり気にすることなくお店を探し始めた。
追っ手が来ることも考慮するとゆっくりはしていられない。
道行く人にいくつかお店の場所を聞くと、瑠美のお眼鏡に叶う服を探しに向かう。
ただ、悩んでいるのは自分の服ではなく奏多(女の子ver)の服なのだ。非常に遺憾である。
「……決まった」
「そ、そっすか……それ、自分で着るんすよね? ひらひらしたスカートとか、割と露出の多いやつ。ね?」
「私が……?」
「いや、『何言ってんだこいつ』みたいな顔をされても……似合うと思うんだけどな……」
「………」
そんなやり取りの後、何故か少しだけ買い物の時間が伸びた。
奏多も男物の服を買ったのだが、同じ服を複数売っているようなので魔法を使った量産体制が整っているのだと思われる。
科学とは違う方面からアプローチしているだけでおかしなことでもないだろう。
その後、微妙に機嫌の良さそうな瑠美と共に乗合馬車――バスのようなもの――の乗り場へ。
服屋の店員に移動手段を聞いて乗合馬車が出てきた。
「すみません、ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」
「お? どうした?」
「仕事の多そうな街とか分かりますか?」
「仕事……剣を持ってんなら冒険者だろ? それならリポールがいいんじゃねぇか?」
「あ〜、最近魔物が増えてるとかなんとか言ってますもんねー……」
詳しく話を聞いてみると、冒険者というのは仕事のない者がする日雇いの……といった感じではなく、独立していて多くの国にある大規模な組織だそう。
魔物の討伐、薬草などの採取、雑用、護衛……様々なことを請け負ってくれるため、なくては困る存在になっているらしい。
一般人が気軽に依頼できることも一因だろう、と。
「ふーむ……冒険者ギルドねぇ……十中八九、勇者が関わってるんだろうな」
「ん……登録しに行くと、絡まれる?」
「いや、テンプレは小説の中だけ……」
そうも言いきれない、と思ってしまった。
戦闘をするなら荒くれ者も必要なはず。大きい組織だからこそ、その辺の問題も起きているのではないだろうか。どう考えても子供の行くところではない。
……まあ、奏多たちは行くのだが。
但し、この街ではなく男たちが言っていたリポールという街でだ。理由は……奏多の勘。嫌な予感がするため、ここでは登録しない方がいいと判断したのである。
三人はリポールまで行く馬車に乗ろうとしたが、時間的には一時間ほど余裕があり、食料や野営道具も買っていなかったため買い物をしている。
野営道具はなぜ必要なのか? なんのことは無い。そう、街まで数日かかるという発想が無かっただけだ。
元々、馬車の時間を聞いてから荷物を入れるためのバッグを買うつもりではあったのだが。
「アイテムボックスとか無いのか……?」
「あれば、いいのに……」
「うにゃ〜……」
「いや、シロは何も持ってないじゃん」
奏多の肩で寛いでるシロ。同意するように鳴いたが、そもそも何も苦労はしていないはずだ。
………
……
買い物は無事に終了。
食料は、食材を買っても料理が出来ないので干し肉や携帯食料などの味に期待できない物になった。
瑠美がドライフルーツを見つけなければ悲惨なことになっていたかもしれない。
次にテント。
最初は一人ひとつ……シロと奏多、瑠美で分けるつもりだったのだが、自分の分を瑠美が持てなかった。奏多が二つ持てばいいと提案したものの、それは悪いからと大き目のテントを三人で使うことに。
シロには猫の姿で我慢してもらうしかないだろう。
「別に無理しなくても」
「……嫌なら、ハッキリそう言う」
「まあ、俺は別に嫌じゃないからいいけどさ」
広いとは言っても、二人で寝るとかなり狭くなる。女子高生と狭いテントで寝る。非常に危険だ……と、そこまで考えたところで気付く。
(あ、女の子になってるから危険も何もないのか……)
今となっては同性なのである。気にする方が馬鹿らしい。……それだけで同じテントで寝るとは思えないが。
「それじゃ、行こうか」
「にゃ」
「ん」
あ、そのまま真っ直ぐ行く訳じゃなくて、1日かけて別の街に行き、そこで乗り換え、ようやくリポールに着く感じです。
書き忘れていることに今気づきました……