ポーションについて
フェルシェイルとマルチェリテが帰ってから一週間が経った。
リヨリの打撲が完全に回復するまでダンジョンには行かないとナーサが宣言し、しばらく探索は休みとなった。
ナーサの薬で補助しているとはいえ、回復そのものは自然任せ、時間任せだ。
――ポーション。
いわゆる回復の水薬もあるにはあるが、昔のように飲むだけで切り傷も刺し傷も噛み傷も打撲も、火傷も凍傷も電撃による外傷も、果ては骨折や内臓破裂すら無差別に、瞬時に、そして感染症の心配もなく癒す劇的な効果は無い。
当時のポーションは、飲んだ者の細胞を急激に活性化させ傷を治癒をしていた。それも傷口の消毒のオマケ付きでだ。
そのため、常用していると数年後、あるいは数十年後に老化が早く進行する、癌の発生率が優位に高くなるなどの副作用がある。
体質の合わない人間には心臓に負担が掛かり突然死の危険もあり、体質的に問題のない者でも反復使用による依存症の恐れがある。
強力すぎる薬物は、結果的に身体に悪いのだ。
戦争や魔王などの外敵との戦いで死亡率が高かった古の時代は、外傷の劇的な治癒は不可欠だった。
また、価値観として現代より命が軽かったこともあり常用されていたが、平和な時代となり、副作用が知られるようになってからは徐々に効果が弱まっていった。
今ではもっぱら疲労回復のエナジードリンクか、せいぜいがスライムの泥抜きに使うのみだ。
ナーサの治療も生薬を使い、自然治癒力を助けることと、痛みを弱めることを旨としている。
リヨリもダンジョンに潜りたいとは口で言っても、無理に動こうとはせず料理の研究と、新しい味の開発に精を出していた。
トーマ来店からの三日間で三回の料理勝負と、ダンジョン探索、魔物の狩猟をこなしていたのだ。疲れが出ていたとしても無理はない。
マルチェリテとの対戦、ヒポグリフ解体の無理が祟ったのか、怪我の治りは遅かった。
店は相変わらず老人達の溜まり場で、吉仲も平穏を満喫している。
ランチの時間も終わった昼下がり、三人はお茶をしていた。
「でもさ、そろそろ良いと思うんだけど。どうかなナーサさん」
「うーん、どうかしらねぇ、まだ休んでても良いんじゃないかしらぁ」
ただ、リヨリは二日前からこの調子だ。
体調が戻って来たことでダンジョン探索への欲求が高まってきたらしい。
「急に行っても危ないんじゃないか?フェルシェイルもいないしさ」
「大丈夫だよ!吉仲もおたま使えるし、守ってくれるでしょ?」
リヨリは屈託無く笑う。
「それはどうかな……」
「リヨちゃん、自分の力で身を守れないんじゃダンジョン禁止よぉ?」
「えー……?」
ナーサに諭され、吉仲も苦笑する。その時、扉が開いた。
「よぉ、お前ら!元気にやってるか!」
イサが勢い良く店に入って来る。
前回来た時と同じく、茶色のベストに大きなリュックの出で立ちだ。
「あ、イサさん。いらっしゃい!……ん?」
リヨリの視線は、イサに続いて入ってきた一人の男に注がれた。




