またね
片付けを終え、店に戻る。
フェルシェイルは気球を膨らませていた。
マルチェリテは旅行鞄を持ち、リヨリはナーサの肩を借りて立っている。
「もう暗くなるし、明日までゆっくりしていったら良いんじゃないか?」
「ま、アタシもいつまでも店を空けておけないしね。それにそんなこと言ってると、明日また挑戦者が来るかもしれないわよ?」
ロープの張りを確認しつつ、フェルシェイルがマルチェリテを冷やかすように視線を送る。
「もう、そんなこと言って……帰り道、お願いしますね。フェルさん」
「まあ、アンタと気球乗るの、嫌なんだけどね……」
フェルシェイルとマルチェリテは二人で気球に乗り帰ることになったのだ。
元々来る時も一緒に来る予定だったらしい。
「……ええ?どうしてですかフェルさん?」
純粋に驚くマルチェリテを眺めるフェルシェイルの脳裏に、マルチェリテと共に移動した時の記憶が去来する。
気球に乗っている時、マルチェリテが鳥に餌をやっていたら、鳥の魔物も現れあわや気球に穴が空きそうになったこと。
休憩中にマルチェリテがふらっといなくなったと思ったら魔物の卵を持ってきて、親の魔物と大立ち回りを繰り広げたこと。
気球は止めて街道を移動している内にマルチェリテが迷子になり、魔物が潜む森の中を三時間彷徨ったこと。
そしてフェルシェイルはどの状況でも大変だったのに、当のマルチェリテは状況を楽しんでいたこと。
あまつさえ森を彷徨った時は、フェルシェイルが必死の思いで探し見つけたのだが、マルチェリテは木漏れ日の漏れる静かな場所で、お茶を嗜んでいた。
「アンタのそういう、自覚の無い天然トラブルメーカーな所が嫌なのよ……なのにイサおじは、いつもアタシとマルチェをセットで移動させようとするし……」
「あー……」
吉仲、リヨリ、ナーサが納得する。ヒポグリフの一件を思い出したのだ。
フェルシェイルはマルチェリテを見た時から周囲を警戒をしていた。
経験上、必ず何かあると踏んでいたのだ。
マルチェリテは方向音痴な上に、本人の自覚無しにトラブルを引き起こす体質だ。
マルチェリテの方が圧倒的に歳上なのに、フェルシェイルの方がしっかりしている。
さらに精紋の力でトラブルに巻き込まれても対応力が高い。地上の旅に関して言えば、引率に向いている。
イサもそれが分かっていて、フェルシェイルとマルチェリテを一緒に移動させようとするのだろう。
「まあまあ、魔物除けの鈴買う?」
ナーサが片手で器用に鞄から鈴を取り出す。一定時間、魔物が苦手とする周波数の音を出し、魔物が近寄らなくなる効果を持つ鈴だ。
「え?うーん……」
使い捨てのため他より割安とは言え、魔法道具相応の価格だ。
魔物が生息する危険地帯を通る隊商は使うが、街道を進む旅人は滅多に使わない。
空を移動する場合でも、普通の鳥の方がよほど危険だ。もっとも、マルチェリテがいなければという前提だが。
「あー、ナーサさん、私が払うよ」
悩むフェルシェイルを眺めるリヨリが、魔女貨幣を取り出す。
「ふふ、まいどぉ」
「ええ?リヨリ、良いの?」
「うん、ヒポグリフの解体を手伝ってくれたお礼だよ。お金ならマルチェに勝った報酬もあるしさ」
「……ありがと。じゃあ、使わせてもらうわね」
ナーサから鈴を受け取り、熱気球の火が燃え盛る。天に向けて膨らんでいただけの気球が少しだけ浮き上がった。
マルチェリテが皮でできた気球のシートに座り、フェルシェイルはマルチェリテを跨ぐ形で立つ。
「マルチェ、いつもみたいな余計なことするんじゃないわよ」
「余計なこと……いつもしてるつもりは無いんですけどねぇ……」
フェルシェイルはため息をつく。おそらく今回の帰り道も前途多難だろう。
それでも、来て良かったと心から思う。火勢が強まり、上昇が加速した。
「じゃ、またね!」
「今度はゆっくり来させてもらいますね」
「うん、いつでもおいで!」
「次は勝負無しで、ゆっくり食べさせてくれよ」
「気をつけてねぇ」
フェルシェイルとマルチェリテを乗せた気球は上昇し、夕焼けの空に向けて小さくなって行った。




