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ちからの実

木の実があった。

どんぐりのような形状の、真っ赤な木の実が三個、リヨリの手の中で転がる。

リヨリの掌中の実を見た瞬間、カチが膝を打った。


「ちからの実か!」


――ちからの実。

その名はあくまで通称で、正式名称はリャクナクという木の果実だ。

温暖な地域から乾燥した地域まで広く分布し、その実は食用として栄養に優れるため、森の狭間にある集落ではよく植えられる。


リャクナクの実自体はどこにでも生え、真冬を除き一年中収穫できる、食用にもなる赤い木の実だ。

カロリー豊富でわずかにカフェインも含まれるため、エネルギー食や非常食としてよく食べられる。


その特徴を表す通称は、魔力が豊富な場所でのみ育つ近縁種によって生まれた。


近縁種には稀に星型の白斑を持つ果実がなる。

その実には、食すだけで生物の筋肥大を起こす効用があり、食べた者の筋力(ちから)を永続的に上昇させるのだ。

一度採れた木からは数十年取れなくなるためとも言われるほどに稀少で、目にしたことがある人間すら珍しい。しかし、その貴重さ、その特異さから古代から語り継がれ、やがて近縁種までもがちからの実と呼ばれるようになったのだ。


リヨリは途中で出したカラシの中に、リャクナクの実をすり潰した物をほんの少量混ぜていた。


“ちからの実”ではない普通のリャクナクにも、食べた物の体温を上昇させ、精神を高揚させる程度に効用がある。

リヨリが使った量は少なく、効果ははっきりとは出なかったが、マルチェリテの料理を食べた時の興奮の一端を担っていただろう。


そして、その少量のリャクナクの実が勝負の分かれ目だった。


「今、最後にもう一口だけ食べたいのはどちらかって聞かれたら、リヨリの天ぷらにあのカラシをたっぷり付けて食べたいってハッキリと言えるよ」


マルチェリテの料理と同様に、リヨリもスパイスの工夫をしていたのだ。

辛さの中に潜むリャクナクの風味、そして効用が料理への欲求を強めたのだ。


「今度お店で使ってみようかなって思っててね。今回の勝負は時間が長かったから、思い切って試してみたんだ」

「では、六十分勝負じゃなければ使われていなかったと……?」

「うん、最初は天ぷらしか考えてなかったもん。蔵に行ったのも美味しい天ぷらのためにタネを冷やすだけのつもりだったし」


リヨリが掌中でリャクナクの実を弄ぶ。


「でも途中、リャクナクが目について思いついたんだ。普通の天ぷらと、考えていたリャクナクの調味料をつけた天ぷら、交互に食べたら止まらないんじゃないかって」


マルチェリテはうなだれる。六十分勝負を持ちかけたのは自分だった。


「三十分勝負だったら、私は内臓の工夫を完璧にはできなかった。完敗ですね……」

三十分勝負であれば塩のみの天ぷらと、ペーストの旨味の薄い焼肉で、やはりリヨリに軍配が上がっていただろう。


しかも十八番のスパイスの工夫で負けたのだ、異論を挟む余地は無い。


「なるほどねぇ……ちからの実、分からない物ねぇ……」

天ぷらと渾然一体となり気にならなかったが、後になって言われてみるとカラシの旨味は別格だった。

ナーサもフェルシェイルも、老人達も納得した。


「料理勝負じゃなければ、もう一回食べたい料理で済むんだけどなぁ」

吉仲は盛大にため息をついた。


今まで四回料理勝負の判定をして分かったことがある。誰もが納得する結論を出さなければ収まらないが、誰もが納得する結論を出すのは難しい。


今回は降って湧いた時間ですら、料理を高めることに使ったリヨリの工夫の勝利と言える。

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