マンドラゴラの味
イサが残った煮物の皿をリヨリに突きつける。
「お前もどうだ?」
盛り付けを終えたリヨリは、無言で受け取り食べ始めた。
リヨリは心から衝撃を受け、驚愕の表情になる。
「……お……おいしい……」
「なんということじゃ!マンドラゴラとは思えん!」
「うむうむ、極細切りにされた浅漬けは短い時間なのによく浸かり、根の繊維を断つように切られたことでマンドラゴラ特有の硬さ、薬臭さをまるで感じさせんぞ」
「おお、この炒め物の頭のコリコリとした食感と、葉っぱの野生的な風味の組み合わせ、食べてるだけで楽しくなってくるようだのう!」
「浅漬けの酸味、炒め物のピリリとした辛味、その後にすする煮物のほっこりとした優しい甘み。この味のギャップがまたたまらないねぇ!」
「いやはや、この煮物には驚いたわ!厚手に切られ、短い時間しか煮てないのにここまで柔らかくなるもんかい!」
「うむ、柔らかなダシの味がしっかりとしみておるのう。口に入れた途端、芯までホロリと解けよる。たしかにマンドラゴラと言われなければ気づかないかもしれんぞ」
「こんな美味い料理は、久しぶりだねぇ!都の一流はこうじゃないと!」
老人達は口々に喝采する。
言われてみてはじめて吉仲は全ての言葉に得心が行った。
まったく同じ物を食べ、同じような感想を抱いていたはずが、言葉にはならなかったのだ。
吉仲は、他にも自分で何かこの料理について語りたくなった。煮物だけだが、口中で味わう幸福は、同じはずだ。
「……う、うまいですねぇ」
しかし、考えてもそれしか出てこなかった。本当においしかったのだ。
「俺が特別に作り上げた海鮮合わせダシ。今回のは特別誂えの材料でより美味いし、それも武器の一つだが、なんと言っても秘密は包丁さ。細かく刻むのも手だが、それだけだと細切りの歯ごたえしか味わえねぇ。マンドラゴラの繊維や具の形状に合わせて細かく細かく隠し包丁を入れることで硬い繊維を断ち切り、味を染み込ませ、硬軟自在の食感を作り出せるのさ」
イサが得意げな表情で老人達を見回す。リヨリは悔しそうに俯いた、技術の差をまざまざと見せつけられた形だ。
「イサ、腕を上げたのう。ヤツキとの勝負だったとしても伯仲してただろうよ」
老猟師が目を細める。
よせやい、とイサは顔を背けた。その一番待ち望んだライバルとの決着の機会は永遠に失われている。
「……お父さんの知り合いなの?」リヨリが、口を挟んだ。
「あー、そういや嬢ちゃんは聞いてなかったな」
「リヨリよ。このイサはな、お前の親父の兄弟子だった男じゃよ。元々この店で修行を積み、お前の親父と兄弟のように腕を磨きあったもんじゃ」
リヨリは店中を見渡した後、イサを見上げる。イサは呆れたように肩をすくめた。
「だから、知ってたんだ。店のこと……」
「作業に集中するのも良いけどよ、もう少し周りに気を配った方が良いぜ?お前の親父も周りが見えなくなるタイプだったけどな」
「……てっきり、お父さんの死に乗じて店を乗っ取ろうとした詐欺師かと」
そりゃひでぇと笑うイサに、老人達がお前の顔が怖いからだと冷やかす。吉仲は、リヨリの顔にさっきまでの険しさが無くなっているのを見た。
「さあ、次は嬢ちゃんの番だぜ?」
イサは言いつつ、吉仲にコップに満たした水を渡す。
これで口の中をサッパリさせてから審査にかかれ、と目配せをした。吉仲は水を口に含み、ゆっくりと飲み干す。たった今食べたダシ汁の後味だろうか、水すらほんのりと甘く感じた。