フライ
リヨリは布巾の掛かったザルとボウルの中身を作業台に置き、手を洗う。小麦粉の袋と、卵が入った小さなボウル、黄色いペーストの入った皿だ。
人形達の隣の竃に鍋を据えて、一昨日ナーサから買った油を注ぎ込んだ。
「油ねぇ?」
「揚げ物にするのか?」
「揚げるって、脂身も旨みも少ない腕肉と水気の多いツタよ?腕はパサパサ、ツタはベチャベチャになって美味しいはずないわ」
フェルシェイルが口を尖らせた。
リヨリは油を温めつつ、大きなボウルに冷水を溜める。
作業台で小さなボウルに小麦粉とひとつまみの塩を入れ、別の小さなボウルで卵を溶き始めた。
どれもボウルの中に入っていた物だ。
「あれが衣?……ん?」
卵のボウルに水を注ぎ混ぜ、水の入った大きなボウルの中に収める。そして、小麦粉をふるい入れ、ささっと箸で何度かかき混ぜた。
そのまま竃に戻り、油に数滴落とす。油の温度を計っているのだ。
「な、なんで混ぜるの?パン粉は?」
フェルシェイルは困惑した。通常フライは小麦粉、卵とパン粉を別々に付けて揚げる。
小麦粉と卵と牛乳を混ぜて揚げるとフリッターとなる。
ただ、この場合は卵黄と卵白を分け、卵黄のみを先に溶いて混ぜる。
卵白は泡だてメレンゲにし、後で加えることで独特の軽さを産むのだ。
小麦粉と卵を混ぜ、バッター液にしてからパン粉を付けフライを作る手法もあるが、こちらは大衆食堂や惣菜屋などで大量に作る必要がある場合に用いられる。
一手間減る分量産する速度は上がるが、素材に付く小麦粉の量がどうしても多くなり、衣が厚ぼったく、仕上がりはやや重くなってしまう。
吉仲は、なんとなく、もう一つ揚げ物が思いついた。しかし料理に疎いせいで確信が持てない。
「あれは天ぷらだね、たまにヤツキが作ってくれてたよ」
言おうか迷っている内に、チーメダに先に言われた。
「天ぷら……聞いたことあるかも」
「……ヤツキと俺の故郷の揚げ物料理だよ。詳しい作り方は知らないけど、たしかパン粉は使わなかったはず」
ヤツキのレパートリーの一つで、この世界にもその味を知る人間は多い。しかし、ヤツキから調理法を聞いても作りこなせる者はほとんどいなかった。
今や知る人ぞ知る幻の料理だ。
油の温度に満足したリヨリは、ザルから布巾を外した。
リヨリがザルを持って鍋の前に立つ。
「ん?そういえばツタは?」
吉仲が、ザルの中の食材に気づく。ツタが無くなっているのだ。
「見当たらないわねぇ、別の料理に使うのかしらぁ?」
具材を衣に潜らせ、揚げ始めた。
人形達も必要な分を漬け終えたらしい。マルチェリテがリヨリの隣の竃に鍋を据え、油を塗る。
鍋の交換は小さな人形ではできない数少ない作業だ。
作業の合間に手助けするマルチェリテが人形の助手のようにも見える。
人形達が自分の身の丈を遥かに越えるボウルを運ぶ。中には大ぶりに切られたバラ肉が、黒い液体に漬けられている。
食欲を刺激する芳醇な香りがボウルから漂った。
「う、メチャクチャ腹減ってきた……」
「たしかにぃ、食欲を刺激する香りねぇ……」
吉仲とナーサが、焼く前とは思えない肉の匂いを嗅ぐ。
鍋をまじまじと見ていた人形達がトングを抱え、肉を焼き始めた。
四体で櫓を組み、一体が上でトングを持ち肉を焼く。それが二組だ。
おたまでモツを熱湯に潜らせた時と同様に、身体のサイズ差を物ともしない安定感のある動きだった。
「器用なもんだねぇ」
「うむ、全員が完璧な重心移動をしなければ、ここまでの安定感は出ないじゃろうな」
揚げ物の油の跳ねる音、そして肉の焼ける音と香り。吉仲の空腹は限界に達した。
時計を見る。
残り十分、六十分は長すぎたと後悔した、とてもじゃないが待ちきれない。




