ヒポグリフとは
ヒポグリフはグリフォンと馬の合いの子と言われているが、それはただの例え話の伝説で、生物学的にはただの近縁種だ。
鷲に似た前半身に獅子に似た後ろ半身を持つグリフォンと異なり、ヒポグリフは頭と翼を除けば見た目はほぼ全てが馬である。
共通祖先は、魔力を浴びて変質し、翼が弱まり、もう一対の脚が生えたため地上に適応した鷲の種だ。
森や洞窟など狭い環境で、跳躍力を持つ者が生き残り進化していった結果、獅子に似た後半身となった種がグリフォン。
草原などの広い環境で、走力を持つ者が生き残り進化した結果、馬に似た下半身を得たのがヒポグリフだ。
獅子や馬に似た形状となったのは収斂進化の賜物だ。
つぶさに見ていくと、馬の蹄や獅子の脚とは形状が若干異なる。
例えば、ヒポグリフの前の蹄の色は鷲の爪の面影を残し、脚は馬と異なり退化した指を持たない。もっとも並べて見なければ分からない程度の差だが。
グリフォンはダンジョンの奥深くに潜み、濃縮された魔力を浴びて過ごすために強く、冒険者を苦しめることが多い。
対してヒポグリフは狭い環境では淘汰されてしまうため、地上の魔力の濃いオアシスにコロニーを作り生きている。
そのため肉食ではあるが、グリフォンほどの強靭さや狡猾さ、魔術の能力は持ち得ない。
一度興奮状態に陥ると予想の付かない動きで翻弄するため、経験の浅い冒険者に取っては難敵だが、中型の魔物の中では与しやすい部類に入る。
ヒポグリフを単独で倒せれば一人前と言われる所以だ。
中にはヒポグリフの進化について、半鳥半馬の共通祖先を元に、鷲ベースに進化した魔物がヒポグリフで、馬ベースに進化した魔物がペガサスであると言う主張をする者もいるが、グリフォンとヒポグリフほどには、ヒポグリフとペガサスの共通点は少ない。
具体的には、ペガサスの肉は馬肉に似ているが、ヒポグリフの肉は鳥の肉の味がするのだ。
「鳥……?どうみても馬だけどなぁ……」
後脚でロープに吊るされ、内臓が取り出され、頭を落とされたヒポグリフを見て吉仲が呟いた。
内臓を取り出している間に、沢で顔の返り血を洗い流し、多少はさっぱりしている。
串で刺した胸の傷以外は無傷だったため、内臓を取り除くのはすんなりと終わった。
心臓を貫けた分、血抜きも早かった。
これから、沢に沈める所だ。肉が焼けることは防げるだろう。
「今から捌いて食べられるのかい?それもマルチェちゃんとの勝負で!」
老人達が囃し立てる。
目の前で倒された魔物を食べるのは、金持ちや貴族の食通の娯楽の一つだ。
もちろん庶民には到底真似できないが、そういった話は噂として庶民の口々でも語られやすい。
そして、噂になり大衆に語られることこそ金持ちと貴族のステイタスのため、彼らも積極的に吹聴する。
どこの誰が何を食べたか、そういった話は田舎にも比較的に伝わりやすかった。
しかしリヨリは首を振った。老猟師のカチも、冷静な目で他の老人を見る。
ロープを下ろし、沢に沈める。ヒポグリフの体が流れに飲み込まれた。
「残念だけどまた今度ね。この大きさの肉はしばらく熟成しないと美味しくないよ」
「ほっほっほ、これから死後硬直が始まる。食えないこともないが、特に硬く不味い時間帯じゃな」
老人達は心底ガッカリしたようなリアクションだ。
道中、マルチェリテと老人達は打ち解け、すっかり勝負への期待を高められていた。
「ま、ツタと残ったジャイアントバット、あとは精々トカゲで勝負って所かしらね」
「あら、こちらの内臓もありますよね」
マルチェリテがヒポグリフの内臓と頭を見る。
「マルチェ使う?私はいいよ」
「そうですねぇ、ではいただきます」
ナーサから袋をもらい、マルチェリテが袋詰めする。
よほど器用なのか、内臓を入れる過程でも血はおろか、泥汚れ一つ服に着かない。
「じゃあ、このままカチ爺の所に食材取りに行こうか。そっちの方が早いし」




