マルチェリテ
「げ……マルチェリテ……」
フェルシェイルが少女を見て、嫌そうな声を上げる。
面倒ごとが一気に押し寄せたような表情になった。
「もう、フェルさん。一人で行くなんてヒドイですよう、道に迷ったじゃないですか」
少女は頬を膨らませて、フェルシェイルに怒る。しかし、その声音はとても怒っているようには聞こえなかった。
「君は……?」
吉仲が、思わず尋ねる。
「私はマルチェリテ、マルチェとお呼びください」
「……例の、アタシの心当たりってヤツよ」
少女はふんわりと微笑み、フェルシェイルは大きくため息をつく。
炎を消し腕を降ろすと、熱気球は緩やかに萎んでいった。
「アンタ一体、どうやって来たのよ?」
フェルシェイルの問いかけに、マルチェリテはしゃがみこみ、足元に咲く一輪の花をなでる。
「都からの街道沿いに来てたつもりですが、いつのまにかナミカの森に迷い込んでしまって……花や木々に聞きながら歩いて来たんですよ。今、ちょうど森を抜けて来た所です、お陰で野宿でした」
吉仲は不思議に思う。
一昼夜森をさまよい歩き野宿したと言う割に、マルチェリテの服は汚れておらず、声音もさほど疲れてはいない。ちょっと散歩をしてきたくらいのニュアンスだ。
「花や木の声ね……そういえばエルフにはそれがあったわね」
「森伝いって……」
リヨリが森の方を見る。
森の方にはダンジョンの祠に続く小道はあるが、都からも街道からも真逆の方角だ。
街道をまっすぐ進むより、はるかに長い距離を遠回りすることになる。
そのうえ、街道沿いは田畑で開けていて、都がほど近いため人の往来も多い。普通に街道を進むより、森に迷い込む方が難しい。
フェルシェイルは真剣な表情で、森をじっと見据えた。
「それに……エルフの料理人、ねぇ……」
ナーサは困惑気味に呟いた。リヨリも思い出したようにその言葉に頷く。
「え?エルフ?マジで?」
吉仲でも、エルフは知っている。ファンタジーRPGや映画には欠かせない、人類に良く似た種族というくらいには。
ふんわりと微笑む少女は、耳の尖った金髪の美少女で、まさしくエルフの風情だ。
「いや、エルフ自体は別に隣国でも珍しくないでしょ?街で暮らす人達も多いし」
「あ……ああ、まあね。いやその、ナーサがエルフの料理人って……」
吉仲はしどろもどろになりながらリヨリに返す。
「そうねぇ。エルフの料理人は初耳かしらぁ、独特の味覚と言われてるものねぇ」
遠慮がちにナーサがマルチェリテを見ると、マルチェリテはクスクスと笑った。
「そうですね、よく言われます。故郷の料理は……大半は草の味ですね、苦いか甘いかの違いはありますが」
「草」
吉仲は、ついおうむ返ししてしまった。




