勝負開始!
真剣な表情で自分が収穫したマンドラゴラを見つめるリヨリ、リヨリを見つめ妙に黙りこくったイサ。
そしてそんな沈黙に居心地の悪さを感じつつ、二人に話しかける内容が思いつかない吉仲が続き三人は帰路を歩む。
店の前には五人の老人が待っていた。その内一人が店に戻る店主に気付いた。
「おお、リヨリ。珍しいなこんな時間に出歩くのは」
声に気づき、他の老人達もリヨリに気づく。
「ん?その二人は?お客さんかい?」
「この辺じゃ見ない顔だねぇ」
口々にリヨリに話し掛け、リヨリは老人達をなだめつつ店の鍵を開けた。
「待たせちゃってゴメンね。今日はこれから料理勝負だからさ、ご飯はもうちょっと待っててもらえないかな。今お茶出すからさ」
店に引っ込み、三人の老人達も店に入る。
「料理勝負?……む、お主、まさかイサか?随分と久しぶりだのう!」
吉仲も入ろうとした時、入り口前に立っているイサをしげしげと眺めていた一人の老人が、イサに話しかけた。イサは口元だけで笑う。
「よう、ご無沙汰してたなカチ爺。もう狩猟は辞めたのかい?」
もう歳じゃよ、銃も持てんと笑う老猟師の横で、老婆がイサに怪訝な視線を向ける。
老婆に割り込まれた形の吉仲はまごついてその場に取り残された。
「イサ?都で有名な料理人かい?海鮮料理で並ぶ者がいないと言われている、鯨波のイサ?なんでここに?」
ひとしきりジロジロと眺め回した後、老婆がイサに話しかける。
「おおよ、こんな田舎の村に俺の二つ名を知っているヤツがいるとはな」
「アタシはヤツキの料理に惚れ込んで移住したクチでね。料理人にはちょっとうるさいのさ」
「はっはっは!そうかそうか。アイツが死んだのはさぞ残念だったろう。まだ未練たらしく住み続けてるのかい?」
イサが豪快に笑う。
「ふん、田舎暮らしも悪くないし、今はリヨリの成長を見るのが楽しみでね」
老婆が店の奥をしんみりと眺め、何かに気付いたように目を見開きイサを指差した。
「……料理勝負って、まさかリヨリとアンタがかい!?」
「成り行きでな。本気でやるけど大人気ないとか思うんじゃないぜ?」
イサは肩をすくめる。老婆は魔女のような怪しい笑みを浮かべ、首を振った。
「いいや、楽しみだね。リヨリはまだまだ未熟で荒削りだが、ヤツキの娘だよ。その片鱗も見出せない子ならアタシはとっとと都に戻ってたさ。今もあの子の作る朝食を待ちわびてた所さね」
「ほう、そいつはいい。審査自体は誓いに則りこの行き倒れの兄ちゃんがするが、あんたらにも振舞ってやるぜ。楽しみに待ってな」
吉仲は急に自分に視線が集まり焦った。どうも、と小声でつぶやき、お辞儀とも首を傾げるともつかぬポーズを取る。
「ま、立ち話もなんだ。小娘も準備が終わった頃だろうし、行こうぜ」
イサは、気にする様子も無く店に入っていった。
店内では、割烹着のような白い衣装を身にまとったリヨリが、老人達にお茶を給仕していた。
さっきの派手なエプロンと違い、目がさめるような純白だ。
吉仲はリヨリから目が離せなくなるも、イサが前に出たことで破られた。
「ほう、勝負衣装ってわけかい?」
イサがカウンターにマンドラゴラを置き、自分のリュックから濃紺の前掛けを取り出し巻いた。
ただそれだけで、凄腕の料理人の風格、オーラのような物が立ち現れる。
リヨリは緊張からお盆を握りしめ、真剣な表情でイサを見つめた。
その時イサは、薄い白布の包みを取り出し、じっと眺め、そしてリュックに戻す所だった。
「爺さん婆さんも空腹みたいだからな、調理時間は三十分にしよう。時間内なら何品作っても良いが、兄ちゃんが審査するのはその内一品だけだ」
三本指を立て、顎で吉仲を指す。リヨリは頷き、二人は調理場に並び立った。
「調理場のどこに何があるかくらいは教えるわ。フェアじゃないものね」
リヨリがマンドラゴラを作業台に置き、イサに話しかける。イサはニヤリと笑い首を振った。
「お気遣いだけはありがたく頂戴しておくぜ。だが結構、俺もまったく知らない店じゃないんでな」
キョトンとするリヨリを尻目に、イサは吉仲に声を掛ける。
「じゃあ兄ちゃん、はじめの号令を掛けてくれ。気合い入れてな」
「え?……ああ、いいか?いくぞ?」
リヨリもイサも、焼けるような目で吉仲を射すくめる。みなまで言うなと言っているようだ。
「……は、はじめ!」
吉仲が精一杯声を張り上げる、緊張からか上ずった声になったが、二人は気にする様子も無くマンドラゴラを取り上げた。