二足トカゲ
先頭をナーサ、続いてリヨリと吉仲、最後にフェルシェイルが続く。
声は陽動で後ろから攻撃される可能性も考慮しての並びだ。
十メートルも進まない頃、暗がりから何者かがぬぅっと現れる。
ナーサは明かりを飛ばし、その姿を確認した。
巨大な瞳、鱗で覆われたトゲトゲとした身体。太い爪と乱雑に生えた汚れた牙。
極端な猫背で、丸裸のトカゲが立っていた。
吉仲は思わず立ち止まり、その背にフェルシェイルがぶつかる。
トカゲは、しきりに舌を出している。
「ちょっと、危ないでしょ!……何?リザードフォーク?」
フェルシェイルの言葉の後、ナーサがトカゲに話しかける。
トカゲ人間はナーサの言葉になんの反応も示さず、威嚇を続ける。
今にも飛びかかって来そうだ。ナーサは道具を取り出し、光や音を向ける。
それが、合図だったらしい。
トカゲ人間は飛びかかって来た。爪も牙も剥き出しにし、獲物を見るギラギラとした瞳を四人で見据えたまま。
フェルシェイルが咄嗟に、吉仲の肩越しに球状に丸めた炎を飛ばす。
炎弾はトカゲの鼻先をかすめ、頭を焦がし、後方の壁に当たり小さな爆発を起こした。
トカゲは一瞬脚を止めるも、ひるまずそのまま突っ込んできた。
怒りと殺意と食欲が、まだ見ぬ敵への警戒を弱めたらしい。
しかし、フェルシェイルの炎は確実に勢いを削ぎ、全員が難なくかわすことができた。
ガムシャラに振るわれる爪が、空を切る。
「吉ちゃん!光!」
ナーサの叫びに、吉仲は闇雲に爪を振るうトカゲと周囲の壁を交互に見る。
トカゲが近づいて来れば、三本の鋭利なナイフは身体に食い込むだろう。
「ひ、光つったって……これか!……目をつぶって!」
自分の後ろに光源の魔法陣を見つけ、無我夢中でおたまを突き立てた。
閃光がほとばしる。
炎でもひるまなかったトカゲも、突然の発光に驚き逃げ出した。来た道を一目散に走り去る。
吉仲は、ため息をついた。
「今の光、なんなのよ……」
フェルシェイルが瞬きしつつ、魔法陣を眺める。しかし、フェルシェイルにはその魔法陣が壊れていることしか分からなかった。
炎については誰よりも深く知っているが、それ以外は魔法をかじった程度の常人と大差ない。
ナーサが鞄の留め金を閉じ、息を吐いた。
「……ふう、ありがとうフェルちゃん吉ちゃん。リザードフォークじゃないわねぇ、二足トカゲかしらぁ」
「びっくりしたねぇ、二足トカゲかぁ……」
リヨリも一息ついてから、山刀を収める。
「じゃあ、食べられるね」
「……え?食うの?あのトカゲ、人の形してるけど、食うの?」
「あらぁ吉ちゃん、人型至上主義者ぁ?」
「え?ヒトガタ至上主義?」
「アンタ知らないの?人型の生物は人と同じ形であること自体に価値があり、その一点において食材の禁忌を判断する人達のことよ」
ナーサとフェルシェイルの二人から聞かれ、吉仲は戸惑った。
「……なんかよく分からないんだけど」
ナーサが腕を組み、片手を頬に当てる。
「そうねぇ、吉ちゃんは知らないかもねぇ。食べても良い生物か、そうじゃない生物かは、意思疎通の可否で大まかに判断されるのよぉ。万種公法でもあるエルフ法での規定であって、個別の地域や宗教や思想での食のタブーは尊重されるけどねぇ」
「ナーサさん!解説は後にしようよ!早く追っかけないとトカゲが逃げちゃう!」
リヨリがナーサの手を引っ張り、トカゲが逃げていった方向を指差す。
「ふふっ、道すがら教えてあげるわぁ」
ナーサが吉仲にウィンクをする。
「え、あ、ああ」
一行は、トカゲの後を追い始めた。




