首の残ったマンドラゴラ
盛り上がった地面の奥、その下はリヨリが言った通りの小さな崖になっていた。横の斜面から降れば楽に上り下りができる。
「なあ、叫びって声だろ?この距離じゃ普通に届きそうなんだけど」
実際、リヨリが何かをしている音は全て筒抜けだ。
土を掘っている音ではないことも聞き分けられる。
何をしているか気になって覗きたくなったが、そのせいでリヨリの手元が狂い、マンドラゴラが反応しては目も当てられない。
吉仲はイサに話しかけて気を紛らわせることにした。
「声じゃねぇよ、マンドラゴラは植物だし声帯はないぜ。栽培化できたことで研究も進んでな、叫びの発生源は魔力を帯びた笛のような器官だったらしい」
「笛?」
イサはスコップを地面に突き立て、自分が収穫したマンドラゴラの根と頭を吉仲に見せた。
さっきから器用に首の切れ目を上に向けて持っている。
「この動根が引っこ抜かれる時に反応して、水が頭みたいな形の根の上部に流れ込み、その圧力で口の部分に溜まった空気が押し出されて叫びが出ると言われている。……叫びっつのはー、まあその辺の事を知らなかった時代の名残だな」
随分科学的だな、と吉仲は思った。マンドラゴラのことはファンタジーRPGの敵として出てきたことは思い出したが、その生態まで考えたことはない。
「でも、音だろ?聞こえたら意味無いんじゃ」
「音に乗せた呪いだよ。大きな音を聞くと体が揺れる感じがするだろ?叫び声、つうか音その物は金切り声のように聞こえるだけの笛の音だが、その振動を耳や体で受けると死に至るんだ」
音は空気の振動で、大きな音ほど音圧が大きく耳じゃなく身体でも感じられる。
吉仲は昔物理の授業で聞いた話をぼんやりと思い出した。
「咄嗟に身を縮めるとか、たまたま何かで遮られると死にはしないが、発狂したり、そうでなくても頭が混乱したりする。叫びの振動が頭に焼き付くことで脳みそが壊れるからじゃないか、とか言われているが、正確なことは叫びを喰らわないと分からんな。まあ、喰らえば喰らうで、まず無事じゃ済まねぇけど」
吉仲は崖を見上げる、リヨリは大丈夫なのか?そう考えたちょうどその時、金切り声が響いた。
イサも弾かれたように上を見上げる。叫びとともに緊張が走った。
絹を裂く悲鳴というが、それよりも甲高い、金属を引っ掻いたような音。
原理を聞いた後なら超高音の笛の音に聞こえなくもない。
吉仲は耳を塞ぐ、死や発狂の恐怖もあるが、それ以上にこの音は不快だった。
叫びは長らく響き、やがて再び静寂が辺りを支配した。
鳥獣の鳴き声も消え、木の葉のさざめきも止み、遥か上空の風の音のみが静かにうねる。
「おおい!大丈夫か!?」
イサが崖側を駆け上ろうと、横に向かって走り出す。吉仲も慌てて着いて行こうとした瞬間、イサが止まった。
吉仲は思わずつんのめり、イサの背中に頭をぶつけそうになった。
「大丈夫。収穫できたよ」
「おっと……お前、どうして……」
イサが向いた方向、崖の上にリヨリが立っている。
その手には丸々としたマンドラゴラ。イサの物と違い、首は切れていなかった。