炎の翼
耳と野菜を刻み終え、再び弾かれるように包丁で叩き始めたリヨリを満足げに眺め、フェルシェイルも作業を開始した。
「フェルちゃん、いいわねぇ。そういうの好きよぉ」
「うむ、正々堂々と戦う、素晴らしい料理人じゃ」
「これくらい当然よ。……それに、素晴らしいのはここからよ!」
脳を軽く茹で裏ごししてペースト状にし、蝙蝠の翼膜を作業台に広げ、包丁で切り分ける。
瞬く間に翼膜を五センチ角にカットされた。
翼膜を作業台に均等に広げた後、フェルシェイルは天を仰ぐように大きく腕を振る。
両手から逆巻く炎が翼のように広がり、火の鳥が羽ばたいたようだった。
カウンターで見ていた三人の眼前に炎が吹き付け、思わず仰け反る。炎の熱が顔を吹き付ける。
「あちっ!」
フェルシェイルの手の動きに合わせて、炎が翻り、翼膜をなでる。
吉仲は自分の顔に火が当たったような気がしたが、すぐに熱気に当てられてただけだと気づいた。
腕を振るい、炎を操る。
無造作に踊るように振っているが、その実、均一に火が当たっているように細かく調整している。
炙られた蝙蝠の皮全てからまったく均一に、ジワジワと脂が浮き出てくる。
オープンキッチンの柱もチリチリと熱されている。フェルシェイルの手の周囲はオーブンのようだ。
「み、店が焼けるんじゃ」
「そんなわけないでしょ!炎はアタシの第三の腕よ!」
フェルシェイルの腕の振りに合わせ、炎が柱から遠ざかる。
熱されていた柱は燃え移るどころか、焦げ跡一つ付いていない。
絶妙な炎の舞は次第に三人を虜にしていった。
熱気に構わず、吉仲は思わずカウンターにせり出す。熱さで顔から汗が吹き出すが、目が離せない。
「どうかしらリヨリ!?」
リヨリは、黙々と自分の作業を続けている。ミンチにした肉と野菜、調味料をボウルに入れてこねている。フェルシェイルの炎には見向きもしない。
「ようやく、自分のペースに戻ったようじゃのう」
「けど、店を焼くかもしれないような炎を見向きもしないって……集中しすぎじゃないか?」
「そうねぇ……入れ込み過ぎてるかもしれないわぁ」
ミンチ肉の入ったボウルを置き、リヨリもまた翼膜を切る。
奇しくもフェルシェイルと同じ大きさだ。
フェルシェイルは脳のペーストに調味料を加え、混ぜ合わせている。
リヨリはボウルの中の肉を皮で包み、フェルシェイルは炙ってパリパリになった皮の上にペーストを載せて形を整える。
二人の動きが被った。
リヨリの手の方がやや早いが、フェルシェイルも一歩も譲らない、見る見る内に材料が料理に形を変えていく。
翼膜に包まれたミンチ肉と、ペーストが載った炙られた翼膜が、次々と作業台の上を埋め尽くす。
吉仲達は、言葉も無く見つめるのみだ。
「負けるわけにはいかない……!」
フェルシェイルの呟きに反応し、肩の火の鳥が淡く光った。




