魔術の道
リヨリがフェルシェイルをなだめて、店の中に入れる。
「なあ、ナーサ。パイロマンサーって何?」
「炎を専門に操る魔術師よぉ、炎術師とも呼ばれるわねぇ。炎を中心に他の魔術領域を学ぶ子とぉ、炎限定、というかぁ……炎以外の魔法を扱えない子がいてねぇ。あの子は後者かしらぁ」
ナーサと吉仲、カチも続いて店に入る。
フェルシェイルは未だにナーサを警戒していた。
「ナーサがなんかしたのか?」
「私は初対面よぉ。ただ、一般的にシングルキャスターはマルチキャスターを目の敵にすることが多いからぁ……」
「マルチキャスターがシングルキャスターをバカにするからでしょ!どうせアタシは炎しか扱えないわよ!魔術師としての仕事ができないから、料理人をやってるなんて思ってるんでしょ!」
もはやリヨリもそっちのけだ。フェルシェイルはナーサに向かい叫ぶ。
「あらあらぁ、ウィッチやマルチキャスターなんて言っても器用貧乏だしぃ、火を出せたとしてもパイロマンサーほど莫大な火力を出すことも、精密な温度操作もできないわよぉ?」
「そんなこと言っても誤魔化されないんだから!」
フェルシェイルはリヨリをそっちのけにしてナーサに叫ぶ。
「……マルチキャ?」
吉仲は思わず、三人分のお茶を用意しているリヨリに話しかけた。
「うーん、私も詳しくは知らないんだけど……。マルチキャスターがナーサさんみたいに色々な魔法を使える人で、シングルキャスターは何か一つしか使えない人じゃなかったっけ?」
「ちょっと!せめて特化してるって言ってほしいわね!」
突然矛を向けられ、お盆を持ったリヨリがビクッと跳ねる。
テーブルにお茶を置いてなければこぼしていただろう。
フェルシェイルとナーサの会話を邪魔しないようにリヨリに聞いたが、フェルシェイルは即座に反応した。その機敏さと激しさは本当に炎のようだ。
「……そうそう、一つの摂理に精通しその真髄に辿り着くシングルキャスターとぉ、多くの摂理を識ることで広汎に渡る真理を見出すマルチキャスター、魔術の道にはどちらも必要なのよぉ。どちらが欠けても、魔術はここまで発展しなかったでしょうねぇ」
ナーサは穏やかに微笑み、フェルシェイルをなでた。フェルシェイルの身体が硬直する。
「ふふ、綺麗な赤髪ぃ。本当に炎みたい」
魔術師の髪に触れることは、親愛の証でもある。
普通は髪を通して掛けられる呪いを警戒して迂闊には触れない。
相手が自分に危害を加えないと信頼していなければ、できることではないのだ。
「……アンタ……アタシをバカにしないの?」
「しないわよぉ。同じ道を進む者同士じゃない」
「私、結構ひどいこと言ったと思うんだけど……」
「苦労してたのねぇ、でも、ウィッチも色々だって知ってほしいわぁ」
ナーサがなでつつ、フェルシェイルに微笑みかける。
「あ、ありがと……あなた良い人ね……」
フェルシェイルがはにかみ、ナーサもにっこりと笑う。
「一件落着じゃの」
「ああ、良い話だった」
吉仲とカチの声に、フェルシェイルがハッとする。
「ち、違う違う!本題はここから!……さあ、勝負よリヨリ!」
慌てて両手を振り回し、今度はリヨリに向き直った。
勢いに着いて行けずお茶を用意していたリヨリも、そこで当初の緊張を思い出した。
「え?……あ!う、うん!」
「お題はアンタが決めていいわよ!?」
「じゃ、じゃあ、このジャイアントバットで勝負だよ!」
リヨリは咄嗟に、カウンターに置かれたジャイアントバットの包みを持ち上げた。
「なんかぁ、調子外れになっちゃったわねぇ……」
クスクスと笑うナーサに、二人は気まずそうに動きを止めた。




