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マンドラゴラ収穫

春のうららかな日差しを浴び、涼しく心地よい風を感じ、風と共に草いきれの匂いを嗅ぎ、吉仲は穏やかな気分になった。

出かける前にリヨリから水をもらい、一息ついたことで身体の調子も戻っていた。


「冬の間寒さと雪に晒され、夏至の繁殖期に向けて身の奥に栄養を蓄えるマンドラゴラは今が一番美味い、まさしく旬の季節だ」


イサは愉快そうに笑った、手にはシャベル。山奥に開いた空き地に、青々とした葉っぱが何本も飛び出ている。

「薬効を蓄えるために周囲の雑草の栄養も、なんなら弱い自分の仲間の栄養すら吸っちまう。間違いなくここに生えているのは一級品のマンドラゴラだぜ」


じゃあ早速、とイサは大きな体を丸めて、葉っぱの周りに膝を立て、周りを掘り始めた。

「あの葉っぱがマンドラゴラ?そのまま引っ張れば抜けるんじゃないの?」


リヨリはイサが掘る姿を腕を組み眺めている。吉仲はおそるおそるリヨリに質問した。

「君、マンドラゴラ知らないの?そんなことしたら叫びで私達全員死んじゃうよ、あのやり方が一般的な方法なの」

「そう、そいつの親父が見つけ出した方法だ。周りの土ごと掘り起こし、マンドラゴラを刺激しないよう土を払う。休眠状態のまま掘り起こした後に締めれば、叫びは無効化できる。」

イサは解説しながら周りの土を掘り続ける。


「たまーに経験の浅い栽培家が事故死するって話も聞くが、今まで訓練された犬一頭を潰さないと収穫できない、王侯貴族しか食えない高級食材が栽培収穫できるまでになったんだから悪い話じゃない。薬効も高く薬としても珍重されるしな」


手慣れた手つきでみるみるマンドラゴラが埋まっている周りの土を取り除き、すり鉢状の穴と真ん中に土の膨らみがある格好になった。

吉仲はしゃぶしゃぶ鍋みたいな形だなと思う。


「この状態から、マンドラゴラの周りの土を削って取り出す。ある種の山の芋も同じように掘るらしいな、それを参考にしたと言っていた。……まったくお前の親父は食の革命児なんて大げさな二つ名が似合う、本当にすごいやつだったんだ」


リヨリは、もどかしいような、恥ずかしいような微妙な顔で頷く。イサは無言になった、作業に集中している。

ここで下手な刺激を与えてしまうと、マンドラゴラは自らの身を捕食者から守るために叫びを放つのだ。


叫びを上げて捕食者を無事殺した後のマンドラゴラは、そのまま元の穴に戻り、再び根菜として生きると言われている。

手足のように見える太い側根は動根と呼ばれ、穴に戻るため特別に進化した器官である。


胴体に当たる主根をポンプのように収縮させ、動根の中の水分圧を分散させることでゆっくりと動かし、這うことで穴に戻ることができるのだ。

ただ、栄養を大きく消耗するため長時間動くことはできない。


かつては訓練された犬にマンドラゴラを引き抜かせ、戻る前に収穫するのが一般的なやり方だった。しかし、犬を育てる所から始める理由がある者はごく少数だった。

その特別な薬効を求める魔女か、美食に飽きて珍味を求め始めた王侯貴族か、どちらかだ。


「動根の部分が一番繊細な作業になる……」


イサは、誰に言うでもなく呟き、スコップから指に切り替えた。

抜かれる時に動根が揺さぶられることで、動根の中の水分が主根に流れ込み、マンドラゴラは叫びを発する。動根を刺激せず掘り起こすことが肝要になのだ。


土の中から白い根っこが少しずつ姿を表す。吉仲には、化石を掘り起こす作業にも思えた。

「……よし、いっちょ上がりだ」

土から頭の部分を掘り起こし、首に当たる部分をねじ切る。首の部分さえ取ってしまえば、マンドラゴラは叫びを上げられず、後は乱暴に掘り起こしても問題なくなる。


「この後、安心感から雑に掘り起こすヤツも多いが、そこで根の中の水分がねじ切った首から溢れてもったいない。水分が失われるとパサついて味は格段に落ちる。命を賭けて美味いモノを手に入れるんだから最後まで慎重にやらねぇと……」


そこから土を慎重に払い、無事マンドラゴラを掘り起こした。

大根よりはるかに太く、四本の根が手足のように生えている。


葉っぱの生え際は、たしかに顔が付き頭のように見えた。

今までなんとなく元の世界とは違うんだろうな、という感覚だった吉仲も、マンドラゴラを見て別世界だと確信した。


「おう、丸々と太って随分うまそうじゃねぇか。この瑞々しさは掘り立てならではだな……で、ずっと人のを見学していたが、お前のはどうなんだ?」


「……すぐそこに小さな崖があるの、ちょっと向こうに行ってて」

リヨリは今まで上がってきた道から右の方向を指差した。盛り上がった土の奥は大地が途切れていた。


「危険だから、自分一人でやるってか?……まあいいさ。知ってるだろうが、動根が反応したと思ったらすぐに耳を塞いで体を縮めろよ?行こうぜ兄ちゃん」

イサは首で吉仲の同行を促す。


「え?危険なのに側にいなくて良いのか?」

「ま、繊細な作業だ、普段と勝手が違うと手が狂うってこともあるわな」

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