料理勝負――
――料理大会の決勝から、一ヶ月が経った。
テツヤはサリコルに認められ、グリル・アシェヤの料理人となった。
大会優勝者であるテツヤ、そしてそれまで料理長代理をしていたベスト4のイサに、準優勝のリヨリが世話になっていたすごい店だと噂が広まり、ジェイダーの時代以上の人気店となったらしい。
毎日が目が回る忙しさだとサリコルの手紙に書かれていた。
そのお陰かどうか、シエナも店の手伝いをしはじめたことで、ちょっとずつ人見知りしなくなってきているらしい。
リストランテ・フラジュも同様に、ひっきりなしに都からの客が来店するようになっている。
ヤツキ、そして古くはランズの馴染みである客も戻ってきたのだ。
もっとも、都からのアクセスが悪いこともあり、一ヶ月も経つ頃には物珍しさだけの客は減り、ある程度客足も落ち着いてきている。
そして、そんな昼下がり。
「リヨリ!みんな!久しぶり!」
フェルシェイルが勢いよくドアを開ける。
赤いジャケットに白いホットパンツの出で立ちだ。
「……あれ?フェルシェイル?遊びにきたの?」
ランチの片付けをしていたリヨリが目を丸くする。
「違うわ、アタシはいつものお守りよ」
フェルシェイルが呆れたように微笑み、肩をすくめる。
店の前には大きなゴンドラと、しぼんだばかりの気球。
「みなさん、ご無沙汰してます。お久しぶりですね」
フェルシェイルの脇からマルチェリテも顔を出した。
彼女はいつも通りの若草色のワンピースだ。
「あらぁマルチェちゃんもぉ」
「リヨリさん。ベルキドアの回収をしたいんですが、後でお願いしてもよろしいでしょうか?」
マルチェリテははにかみ、リヨリは納得したようにうなずく。
「ああ、なるほどね。ランチの片付け終わってからならいいよ!」
ひとりだけ残った客、店のテーブルに窮屈そうに腰掛けた大男が振り返る。
その隣には、吉仲も座っていた。
「おう、フェルとマルチェ」
「え?なんでイサおじがここにいんのよ?」
フェルシェイルが首をかしげ、マルチェリテとイサが苦笑いをする。
「炎術師のくせに冷てーやつだ。俺はまだこの店のオーナーだぞ」
最後のスープを飲み干し、イサが立ち上がる。店の客は彼一人。
他のテーブルを綺麗にしたリヨリが、イサの皿を片付け始める。
「うっし、ごちそうさん。……もっとも、オーナーの座もこれで返上だな。リヨリ、今のお前なら大丈夫だ。店を頼むぞ」
「任せてよ!」
リヨリが威勢よく腕を叩く。吉仲もうなずいた。
一人で切り盛りしているとは思えないほど、今のリヨリは安定している。
受け入れられる客の数はヤツキと二人で回していた頃より少ないが、味も都の一流店に引けをとらない。
「さて、俺はまた旅に出る。おまえらも達者でな」
イサがフェルシェイルにニヤリと笑いかけた。
ジャケットを着てリュックをかつぎ、イサが帰り支度をはじめる。
吉仲とリヨリ、ナーサとマルチェリテが口々に別れの言葉を口にするが、フェルシェイルだけは驚いた顔だ。
「……え?旅って?」
「あら?フェルさんは聞いてなかったんですか?」
マルチェリテも不思議そうな顔になる。
だがそれはイサの言葉ではなくフェルシェイルに向けられていた。
「あん?聞いてないのか?リレンにはこないだ言ったぞ?」
「父さんに……」
イサがにやりと笑う。
フェルシェイルが事情を理解し、ムスッとする。
「まあ、聞いてないんなら、お前の親父が、お前にゃ言う必要ないって思ったってことだろうよ」
つまり、この二人は自分を子供扱いしているのだ。
イサが旅に出るのはいつものことで、別にいちいち自分が聞く必要もない話だとも思う。
だが、除け者にされたようでそれはそれで腹が立った。
「じゃあな。戻ってきたら勝負だぜ、リヨリ」
イサは不満げなフェルシェイルを意に介さず不敵に笑い、颯爽と店を出る。
「へへ、いつでも来なよ」
リヨリも自信満々に返す。
その返事に片手を上げ、イサは振り返ることなく去って行った。
その後ろ姿を見ていたフェルシェイルに、一つ思い出したことがあった。
「……そういえばリヨリ。アタシたちはテツヤに負けた者同士ってことになるわよね?」
イサと父親に仲間外れにされ不機嫌なフェルシェイルが、リヨリに向き合う。
「あー……まあ、そうなるかな」
テツヤとの再戦はまだ果たしていない。
だが、生まれ変わったように活き活きと料理をするテツヤの技術の冴えは、料理大会の時をゆうに超えるほどだとサリコルからの手紙に書かれていた。
もっと腕を磨かなければ、リベンジも果たせない。
リヨリも店を切り盛りする過程で、自分の技術を必死に磨いていた。
幸い、居候に美食王がいることで、一人でも修行をうまくやれている。
吉仲はひと段落ついたように、お茶を飲む。
イサのご相伴に預かり、料理の味見をしていたのだ。イサが一人立ちを認めるほどの腕に、吉仲は満足そうな表情だ。
「つまり、まだ、アタシ達の決着はついてないってことにならない?」
フェルシェイルの言葉に、リヨリの瞳が見る見る輝く。
「……うん!そうだね!食材はお昼の残りでいいかな?」
フェルシェイルがうなずく。
ナーサとマルチェリテが、嬉しそうに二人の近くに寄る。
吉仲も気配を察知し顔を上げる。
「マルチェ、ちょっと待ってなさい。吉仲。判定お願い」
真っ赤なジャケットを脱ぎ捨て、手早くコックコートを着る。
いつも持ち歩く白い袋に入れているのだ。
「仕方ないな……」
吉仲は肩をすくめるが、その表情は満更でもない。
料理を食べて、評価する。生まれた時からやっているはずなのに、最近ようやくそのことに慣れてきた気がする。
「――翔凰楼の料理人にして、パイロマンサーのフェルシェイル!父の店の名と、母より受け継ぎ、花開いた火の鳥の精紋に賭け、料理勝負の結果に異論を挟むことなし!」
フェルシェイルの瞳に炎が灯る。身体の周りが熱気を帯びる。
ナーサとマルチェリテが、飛び込むように吉仲の隣に座る。
普段の料理もおいしいが、本気の勝負の味は格別だ。特に、この二人の勝負とあれば期待感もいやます。
「リストランテ・フラジュ……オーナーリヨリ!初代ランズが興した店、父・ヤツキの名……そして、勝負で磨かれた自分の腕に賭けて、料理の味での勝敗に異論を挟むことなしっ!」
大事にしまっておいた流転刃を抜く。手入れは欠かしていない。
紫の刀身が、リヨリの瞳と同じようにキラキラと輝いた。
やっぱり料理は、食事は生きるためにするものだ。
この二人を見ていると吉仲はしみじみ思う。
「人呼んで、美食王の須磨吉仲。……多くの人が信じてくれた自分の舌に賭け、厳正に審査する」
料理人二人が厨房に並び立つ。開始の合図を、今か今かと待ちわびている。
二人の瞳は、何よりも楽しそうだ。
強敵と競いあい、一緒に至高の美食を作りあげる、最高の時間がやってくる。
「――よし、じゃあ三十分間、勝負開始だ!」
料理勝負が、はじまった。
〈完〉
読了ありがとうございました。
長すぎましたね、すみません。これが処女作になります。
魔物の生態と料理勝負をごちゃ混ぜにしたの書きたいなーとノリで初め、大会くらいまで書きたいなー半年くらいで終わるかなーと思ってたら、まさか一年かかるとは。
次はもっと短いの書きます。しばらくおまちください。




