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罪人

テツヤは困惑している。

インフレ―ションする味覚、ヤツキの料理。自分の圧倒的な敗北のはずだ。


そして何より自分が殺した男、自分に罰を与えるべき男が、自分を勝者だという。


地獄にしては、あまりに異常すぎる。


「俺に……勝者の資格など……ない……」


テツヤは振り絞るようにそれだけを言うと、恐ろしい物を見る瞳で吉仲を見つめ、一歩下がった。


吉仲には、死神の皮は完全にはがれ、今や憔悴しきった中年の男に見えた。


「じゃあ、なんで大会に出てまで料理を作ってたんだ?勝つのが嫌なら、出てこなければいい」


「求められたから……作ったまでだ……」


魔物という奇妙な食材で料理を作る。


それがこの異常な地獄においての自分の罰なのかは大いに疑問があった。

みな感謝こそすれ、自分へ罰を与えることなど無かったためだ。


だが、罪人である自分には拒む資格もない。

作れと言われれば作るだけだ。


吉仲が指折りテツヤの料理を数えだす。


「……最初の料理は毒で、次が屍と、丸焼きの炎。そして死を味わう料理と、虚無を味わう料理」


毒を注入し味わいを増したコカトリスの刺し身。

数多のキマイラの屍を凝縮させたシチュー。

宝石のようなミミックを丸焼きにして作る貝焼き(かやき)

シーサーペントの死を味わう三品、最後は虚無を味わう料理。


「……どれも物騒で悪趣味に見えたけど、食べる人間に美食を与えるという点は共通している。どれも本当にうまかったんだ」


テツヤの顔が歪む。


耐え難い苦痛を受けているような、今にも泣きじゃくりそうなのを我慢しているような表情だ。


「あんたはやっぱり料理人だ。死神なんかじゃない」


――吉仲と同時期に流れてきた彼にもまた、リッチは祝いをかけていた。


生命体の欲求、感情、求めるモノを直覚する能力。


思考が読めるというほどではないが、他者の感情が視えるのだ。


その能力は魔物を食材と変える際の強力な手段となった。


戦おうとしているのか、逃げようとしているのか、どう動こうとしているのかが見えるためだ。

もちろん、魔物と渡り合えたのは彼が死をいとわないからというのもある。


もし彼がリッチの腕を手に入れていれば、稀代の魔術師と呼ばれていたことだろう。


また、料理を作る際にもその能力は遺憾なく発揮された。

欲求を直覚できれば、それを満たす料理を作るのはたやすい。


答えが見えていれば、塩の一振りで味を調整することすらできるのだ。

死神と呼ばれる技術の冴えはその能力によることが大きい。


だが、良いことばかりではない。

近くにいる人間の全ての欲求と感情が流れ込むことは疲弊していた彼の精神をさらに磨耗させ、麻痺させていた。


あらゆることに無感情な、淡々と魔物を殺し、料理を食す者の魂を刈り取る死神。

正体は、やはりただの料理人だったのだ。


テツヤは、吉中から流れてくる感情におののく。

憎悪でも、今までのような恐怖でもない。


もっと温かいもの。


――ヤツキ。弟の顔が浮かんだ。


「だが……俺は勝者など……」


「ダメだよおじさん、敗者が何を言っても勝敗が覆らないように、勝者が何を言っても勝敗は覆らないんだからね!」


リヨリがにっこりと微笑む。


テツヤが、がくりと首を落とした。


吉中は、聞きにくそうにテツヤに話しかける。


「……どうして、あんなことをしたんだ?」



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