蝙蝠のモツ煮
片付けが大体終わった頃に料理が出来上がった。
ダンジョンから出て三時間程度、すっかり夜も更けている。
「ああ、腹減った……」
吉仲とナーサが待つテーブルに、お盆を持ったリヨリがやってくる。
「トーマとの勝負の後は、しばらく入らないって感じだったじゃん」
リヨリは呆れながら煮込み料理の皿をそれぞれの前に置き、中央にバケットが盛られた籠を置いた。
「いやいや、ナーサから薬もらったし、その後ダンジョン歩き回って大立ち回りしたし、その上ほとんど一人で重い蝙蝠運んだんだぞ?」
「随分充実した一日だったわねぇ」
「まあ、私もお腹ペコペコなんだけどね。じゃ、いただきまーす!」
リヨリの掛け声と共に、吉仲は肉を一口で食べ、ナーサはスープをすする。
「ん、うまい、歯ごたえもあるし、ちょっと濃いめの味付けが良いな。スパイスがよく効いてる」
「そうねぇ。内臓の臭みがちゃんと消えてて、味わい深いわぁ」
吉仲の知る料理の中では、ビーフシチューとカレーの中間という感じだった。
赤ワインのコクと、たくさんのスパイスの刺激が内臓の味とマッチしている。
洋風モツ煮込みを作るとこうなるのかもしれないとも思う。
特筆すべきはハツ、よく煮込んでなおコリコリとした食感を楽しめる心臓だ。
蝙蝠は空を飛ぶために全身に血を巡らせる必要があり、心臓は同じサイズの他の哺乳類より三倍ほども大きい。
魔力の補助によりダンジョン内でのみ飛べるとはいえ、ジャイアントバットの心臓はさらに大きく強靭だ。通常だと噛みちぎるのも一苦労するだろう。だが、下ごしらえで丁寧に筋が切られ、よく煮られたことで食感の心地よさがありつつも食べやすい。
煮込まれた他の食材の柔らかさとギャップが、独特の食べ心地を生み出している。
「運動した後だからね、ちょっと塩味を強めてみたんだ。バケットにつけても美味しいよ」
リヨリは言いながらバケットをちぎり、つけて食べた。
スパイスが食欲を刺激する。吉仲もバケットに手を伸ばす。
次第にリヨリと吉仲の口数が減り、黙々と食べ始める。ナーサは二人見て微笑んだ。
「……そうだ、リヨちゃん。私もしばらくここにいて良いかしらぁ?」
「ぅ?」
リヨリは口いっぱいにバケットを詰め込みながら前を見る。まるでリスのようだった、吉仲思わず吹き出す。自分も口に物を入れてたら悲惨なことになっていただろう。
「んぐ……笑わないでよ……それよりナーサさん、どうして?」
急いで飲み込み、ナーサに聞く。
「そうねぇ。まず、二人がこれからダンジョン潜る時は、私の力が必要じゃないかしらぁ?
リヨリと吉仲は頷く。二人っきりでダンジョンに潜るよりは、ナーサがいてくれた方が百倍は心強い。
「私も色々と気になる物もできたしぃ……」
そう言いながら、隣のテーブルに置かれた吉仲のおたまを眺める。
「……たしかに、これはどうしようかと思ってたんだ」
吉仲は不安そうに同意した。よく分からない代物で、すでにどうしたものかと持て余している。
「それにぃ、これは一番大事なことなんだけどぉ……」
言いつつナーサが二人に向き直る。リヨリと吉仲は緊張し背筋が伸びる感じがした。
「……料理勝負の時にいれば、こんな美味しい物がタダで食べられるんでしょう?」
ナーサはスープをすくい、口に運ぶ。ほっぺを抑えて、ん~と唸った。リヨリと吉仲は脱力した。
「そ、そうだけどさぁ……別にタダってワケじゃ……」
今までの二回の勝負の時の食事分は、老人達からもらっていない。そんな雰囲気じゃなかったのと、イサから大金の入った魔女貨幣をもらったことでリヨリの中でも有耶無耶となっていた。
「お仕事は良いの?」
「別に毎日行商の仕事をしてるわけじゃないからねぇ、ダンジョンに入る時と勝負の時は休むわぁ。それともお邪魔かしら?」
吉仲を見てクスクスと笑う。リヨリは反論する気も無くしているみたいだ。
「いいよ、ナーサさんがいてくれた方が心強いし」
「ふふ、ありがとう。吉ちゃんもこれからよろしくねぇ」
「あ、ああ」
自分で言うのもなんだが、妙なことになったなと吉仲は思った。




