決勝戦判定開始!
テツヤに次いで、審査員たちが完食する。
全員が、深い深い満足のため息をついた。
「素晴らしい料理だ!自身の人生を詰め込んだ一皿!食べるごとに異なる食べ味と、前の味わいを受けてインフレーションしていく味覚!」
司会の言葉にアリーナが歓声をあげる。
最初にオムレツを見たとき、誰もが奇策だと思った。
大会最後の勝負にはふさわしくない料理だと。
だが、今や誰もが料理大会の決勝にぴったりの料理だと思っている。
「さあ!決勝戦二つの料理を試食していただきました!テツヤ選手の、虚無による無限の渇望を与える“無明焼き”!」
司会が大きく腕を振りかぶる。
「一方のリヨリ選手、虹の食べ味によるインフレーションする味覚“レインボーオムレツ”!」
食通達の身体がこわばる。
「さあ!最後の審査をしていただきましょう!」
アリーナが歓声を上げる。テツヤはリヨリを眺めている。吉仲の耳に、ナーサの声が聞こえた気がする。
リヨリは、真剣な瞳で食通たちを見つめていた。
「……ううむ……甲乙つけがたいな……」
眉間に深いしわを寄せ、腕組みをしたままベレリがつぶやく。
今までの彼の好みで言えばリヨリの勝ちだ。
だが、リヨリのインフレーションする料理を食べ切った時、テツヤの料理の虚無もまた、味わい深いものとして感じられたのだ。
「まさしく決勝戦にふさわしい二品。自分では到底発想すら及ばない料理に勝敗をつけるのは……」
ガテイユは、ベレリ以上に苦悩している。
技術面ではリヨリに軍配があがるが、ウィル・オ・ウィスプという隠し玉のインパクトも強い。
どちらも自分よりも優れている、そう思うと優劣がつけられない。
マルチェリテもまた頭をひねっている。
フェルシェイルの時とは違い、圧倒的な虚無の前に悲しみを覚えることもなかった。
二人の料理は、伯仲していたのだ。
「私は決まっているわ」
悩める四人の食通を尻目に、シイダが言い放つ。
そして自信満々の表情でリヨリを見つめた。
「リヨリの勝ちよ」
シイダの言葉に、リヨリが小さくガッツポーズする。
「魔物料理のフルコースを一皿にまとめたような味わい、あれこそまさしく秘料理と呼ばれてもおかしくないものよ」
リヨリのオムレツには、トーリアミサイヤ王女から学んだものだろう、宮廷の味も確かに含まれていた。
宮廷料理を世に広めるという王女の思想を聞いた時、シイダは正直苦々しく思った。
伝統に反する、王侯貴族の格式に傷がつく、何より、自身が誇りに思う物が変わってしまうことを恐れたのだ。
だが今は、その王女の思想がリヨリの料理の一端を担ったのなら、それも悪くはないのかもしれないと感じてしまったのだ。
「テツヤの料理も恐ろしいほどおいしかったけど……食通貴族として、私はリヨリの味を推すわ」
リヨリが力強くうなずく、王女の教えを受けなければ、今回の構想も絵に描いた餅だっただろう。
シイダが考えを巡らせる。
「……オムレツにしたのも不思議だったけど、そういえば魔物食材だけなのも不思議ね。別に他の肉や野菜を使っても成り立ったでしょう?」
リヨリはもう一度うなずいた。
オムレツにした理由は特に無いが、そっちは決めていたのだ。
「元々お父さんのいた所って、魔物がほとんどいないみたいでね、リストランテ・フラジュに弟子入りしてはじめて触ったんだって」
吉仲とマルチェリテがうなずく。
テツヤはどこか戸惑った表情だ。
事情を知らない司会やアリーナもざわめいた。
「だからね、魔物を料理する時はいっつもワクワクするって言ってたんだ!お父さんとの料理にするんなら、一番ワクワクするものがいいなって思ったの!」
リヨリが、屈託のない笑みを浮かべる。
オムレツ、そして魔物だけの料理と決めてかかれば、後はそれを形にするだけだ。
シイダもにっこりと微笑んだ。




