インフレーション
「な……なんだ……?」
吉仲が、自身でも気づかないうちに半分ほど食べ進めたオムレツを見る。
最初はまったく気乗りしなかった。テツヤの料理が原因で、味気なく感じていたのだ。
実際に最初の一口二口は、凡庸な味だったように思う。
うまいはうまいが、美食と呼ぶほどでもない料理。
だが、食べ進めるごとに立ち現れる味、食感、そして風味に至るまで、あらゆる食べ味に同じものがない。
同じとき卵で包まれているにも関わらず、まったく違う料理を同時に食べているようだ。
そして、その異なる刺激は相乗効果を引き起こし、新鮮な驚きを与え続け、食通達の虚無に惚けた頭を叩き起こした。
それだけではない。
口の中に残る味が、次の味のうまさを引き立てていく。
まったく異なる味が、常にその時点で最大の美味になるようだった。
そして、それが料理を口に運ぶたびに続いていくのだ。
味覚が、食感が、インフレーションしていく。
食べ進めるほどに美味いと思い、そして、次の一口を食べたいと感じる。
その味もまたインフレーションを起こし、脳における味覚の領域が広がっているような感覚すらする。
ついには、食通全員が、全身の感覚器がすべて舌であるかのように錯覚していた。
「虹……?」
吉仲は、舌に虹を感じた。
「イサの料理みたいに、ただ一皿でコース料理……違うわね。コースより、もっと広い……」
シイダがうなずく。ベレリとガテイユも同意した。
「それだけじゃ……ないですね」
マルチェリテは別の驚きを持ってリヨリを見る。
「この味は……」
二の句を告げないようだ。声にならない声が響く。
司会が叫びをあげた。
「審査員の面々が衝撃を受ける!そしてテツヤ選手もだ!」
テツヤが、オムレツをきれいに食べ終えていた。
わなわなと身体は震え、目を見開き、そして皿を一心に見つめている。
自身の作った料理に吉仲達が囚われていたのと同様に、テツヤもまたリヨリの作り出した料理に捉えられたように見える。
「……この……この、味は……」
その瞳は、今までのような暗黒の淵ではない。
強大な衝撃と驚愕、そして、深い感動、若干の懐かしさが入り乱れる、感情豊かな瞳だった。
「ヤ、ヤツキ……」
リヨリがにっこりと微笑んだ。
吉仲からテツヤの話を聞き、その後、父の体捌きを魂で学んだことに気づいた時、リヨリは父とともに決勝に立つと決めたのだ。
もはや食材は問題ではなくなっていた。
父から受けたあらゆる教えも記憶も、父から離れた後の料理の経験も、自身を構成する全てを一皿に凝縮させる。
リヨリ自身ですら雲をつかむ話のようにも思える、途方もないアイディアだった。
だが、無理と無茶は散々している。今さら綱渡りを怖気づくような繊細さもない。
テツヤのむき出しの感情が、リヨリの狙いの正しさを証明していた。




