暗黒料理
漆黒の海が眼前いっぱいに広がり、濃灰色、焦げ茶色で装飾された山脈が隆起する暗黒惑星に囚われた、ちっぽけな旅人のような感覚。
「なんだ……これは……」
「こんなもの、今まで食べたことがない……」
ベレリとガテイユが驚愕する。マルチェリテとシイダも言葉を失っている。
吉仲は、舌に意識を集中させて一つ一つの食材を味わうことにする。引き込まれてはいけない。
外側の黒い紙は、海苔のようで、違う風味だった。
海藻なのは間違いないが、どちらかというと昆布に違い。
海藻特有だが薄い旨みと、少しの渋味・ほろ苦さが最初に口に触れる。大人の味だ。
最初の印象は苦味が強い。だが、噛むとすぐにその苦さは引いていき、くにくにとした食感と肉の食感を感じられる。
くにくにとしているのは暗灰色の塊だ。吉仲には間違いなくスライムだとわかった。
こちらもほろ苦さがありつつ、どことなく甘みが混じって感じる。
そして対照的に優しい甘みを強く感じるのがケルピーの肉だ。
ソテーしていた漬けダレは、蜂蜜がベースになっているようだ。
海藻と苦味が支配的な口中にすぐに差し込まれる蜂蜜の優しい甘みは、一瞬にして食べるものを至福の境地へ誘う。
だが、そこが終わりではなかった。
さらに食べ進めることで現れる黒い塊。
苦味を感じ、反動で強まる甘みを打ち消す味だ。
死神の鎌で蜂蜜の強い甘みがすっぱりと断ち切られる。
今まで感じていた味が、食べている最中にかき消えるという衝撃。
そして後に残るのは、昆布、スライム、肉、そして黒い塊の物もあるのだろう。じんわりとした弱い旨みだけだった。
食べるごとに順に訪れ消える苦味と甘み、その対極の味を通奏低音のようにまとめる旨味。
それは強烈な、後を引く食べ味だ。
単純にうまいと言うのも違う、引力を感じさせる味だった。
一口、もう一口と食べ進めるほどに、皿が強烈で蠱惑的な重力となって食通たちを支配する。
頭が、ぼんやりとしてきた。
「え、ええと皆さん……?」
司会は、ひたすら戸惑うばかりだ。
リアクションも何もせず、ただ料理を味わう。世界は黒い皿のみになってしまったようだ。
吉中がなにかに気づき、振り切るように頭を強く振る。
「……外側の紙のような物は海藻……昆布かな?」
テツヤが無表情でうなずいた。
「その通り、ジャイアントケルプだ」
ジャイアントケルプは、ただの昆布だ。
食用として供されないが、類似の種は吉仲とテツヤがいた世界にも存在する。
こちらの世界のジャイアントケルプもまた、ダンジョンから溢れる魔力の影響で巨大になっているとはいえ、魔物ではない。
元々食用とされてきた種でもあり、塩漬けにして食用にされることも多く、市場にも並んでいる。
テツヤはそれを海苔状にしたのだ。
「暗灰色の物はスライムだ。多分だけど……竹炭か何かが練り込んである」
テツヤが機械的に同意する。
竹の炭は食用にもなる。本来は無味無臭で料理の味を変えることはない。
実際、竹炭入りスライムの本来の味はスライムの甘みだけだ。
だが、昆布、蜂蜜ダレとの食べ合わせでほろ苦さを感じさせたのだ。
そしてそれは対極の味を喧嘩させずインパクトだけを与え強める効果がある。
観客がざわめく。真っ黒の料理にしか見えないが、その中の細かな工夫に驚いたのだ。
吉中は最後の一つ、黒い塊についてはお手上げだった。
「……中心の物は……わからない、食べたことがないな……きのこだと思うんだけど……一体なんなんだ?」
テツヤが黒い塊を持ち上げる。
「これは鬼火……ウィル・オ・ウィスプだ」




