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休止

「しかし……ケルピーを使うのにもも肉か。肩ロースの霜降りが絶品なのだが」


ベレリの言葉にガテイユがうなずく。


ケルピーの肉質は馬肉と魚肉の中間、肉の中でも特にあっさりさっぱりとした食べ味が特徴的だ。


ヘルシーではあるが、食通によってはあっさりしすぎていて旨みが薄いと感じることも多く、最も好まれるのは適度にサシの入った肩ロースやバラ肉だ。


「何かしらの考えがあってのことでしょうな」


テツヤがケルピーの肉の塊から、薄く削ぎ切りにする。


あっさりとした肉を薄く削ぐと、物足りなさは増す。

もも肉は厚めに切り、煮込み料理などで歯応えを楽しむのがセオリーだ。


ケルピーがメインでないことは確実だった。


「そうですね、やはりあの黒い塊が鍵になりそうです」


最初に切り出した黒い塊は味を出すように、あるいは染み込ませるように弱火でじっくりと炒められている。


「さあ!一方のリヨリ選手!包丁の形が変わったぞ!」


司会の言葉で、一斉にテツヤからリヨリへ視線が移る。


膨大な食材の下ごしらえを終えて、なお、リヨリの動きはとどまることを知らなかった。


流転刃は包丁からトング、あるいはフォークへと変わり、次々と煮られ、焼かれていく膨大な食材を処理してしていく。


「あれだけの数、どうやって料理に収め気だ……?」


呆れたようにガテイユがつぶやいた。


いつもいつもリヨリの料理は予想を越えるが、今回は段違いだ。

料理の最終形が予想できないどころか、その過程、次の工程すら予測がつかない。


「そうねぇ。フルコースを作るなら、一品ずつ作ればいいのに」


シイダも不審な表情だ。

焼く、煮る、炒めるあらゆる調理を加えていることで一品とは思えないが、料理の進め方がフルコースのそれではない。


リヨリは宮廷料理の手さばき、ヤツキの体捌きで手早く料理を進めている。


山と積まれていた食材の山すでにいくつか姿を消している。

鍋で煮られている分、鍋で焼かれている分を含めても、持ってきた食材からは減っているようにも見える。


一方のテツヤはソテーした刻んだ黒い塊に、スープを加え煮立たせる。


そして、完全に手を休め、リヨリをじっと見つめた。


アリーナがざわめく。


「おっとテツヤ選手どうしたことだ!?動きを止めてリヨリ選手に見入っている!?」


テツヤは腕を組み、リヨリをまじまじと眺める。


その手並みを確認しているようにも見えるし、ただ単にリヨリが視界に入った状態で前を向いているだけのようにも見える。


その瞳からは真意がうかがい知れない。


「テツヤさん……?料理はいいんですか?」


司会がテツヤに近づき、おそるおそる尋ねる。テツヤは司会を一瞥もせずうなずいた。


その後、なおも質問を繰り広げる司会には一切反応せず、テツヤは沈思黙考して、あるいは完全に虚無となってリヨリの方を向き続けた。


「えーと……どうやらテツヤ選手、作業はしばらく休止のようです……」


無視された形となった司会はバツが悪そうにアリーナ中に語りかけた。


事実上、この空間で動いているのはリヨリのみだ。全員の視線がリヨリに集中する。


リヨリは自身に全ての視線が向けられていることなど意識もせず、自分の料理に没頭している。


素早い動きはとどまることを知らず、流転刃が描く紫の軌跡を周囲にまとい、黙々と作業を続けている。


炒めた食材は皿に開け、素早く鍋をふきとって再び別の食材を炒め始める。

リヨリが鍋に投入した食材を見て、吉中が首をかしげた。



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