ケルピーとは
「あれは……?」
その枝肉は、不思議な形をしていた。
一見すると牛や馬の脚のようだ。太ももを下にして、逆さ吊りにされている。
だがその先、フックに掛かっている足先は蹄ではなく、魚のヒレとおぼしき形状となっている。
「おっとテツヤ選手!ケルピーの枝肉の前に立った!」
――ケルピー
水辺に棲息する、馬に似た魔物だ。
後脚は魚のヒレとなっている。尾も魚のヒレと似た形状で、水中での動きを支えている。
人に懐く素振りを見せ、気を許した人間が背中に乗ると疾走し、水中へ引きずりこみ捕食すると言われている。
ただ、それはあくまで賢さを示すたとえ話に過ぎない。
そこまでプロセスが多く、悠長で運任せの捕食形態では生命は成り立たないのだ。
実際にはもっと狡猾で、乱暴な捕食スタイルとなる。
地上に獲物を見つけたケルピーは、水に落ちて弱っている馬、あるいは今にも陸に上がりそうな馬鹿な巨大魚であるかのように振る舞う。
それを好機と見て自分を捕食しようとした獲物を、逆に腹に食らいつき、馬力で水中へ引きずり込むのだ。
水中に引きずり込まれた驚きと、腹わたを喰いちぎられる痛みでパニックになる獲物はほとんど反撃らしい反撃はできず絶命し、その肉を捕食する。
人間たちはその様子から想像を膨らませ、水辺の馬には近づかないようにとの教訓を込めて先のケルピーの賢さの話を作り上げたのだ。
ケルピーは、帯水層が変質したダンジョンの深層、“騒がしき揺籃の死海”にも棲息している。
だが熟練のダンジョンクローラーのみが潜り、一定以上の強さや知性を持つ魔物のみが生き残れる深層では、弱った馬や馬鹿な巨大魚の擬態に騙され、引きずり込まれる陸生生物は少ない。
ダンジョンにかかる自然選択により、擬態するケルピーは数を減らし、もっと猛々しく獲物を不意打ちするケルピーの方が多い。
「ケルピー、珍しいわね。あんまり目にしないけど美味しいのよね」
シイダが感心する。
不意打ちに必要なものは何より筋力だ。
動き始める前はじっと静止する持久力、そして一瞬のうちに最大の馬力を引き出す瞬発力。
その二つを兼ね備えたケルピーの肉は、あっさりとした甘みと弾力のあるもっちりとした歯応えを兼ね備えた上等な肉として取引される。
また、狡猾で馬力もあるケルピーは、生息数は多いがダンジョンで獲れることは少ない。
水辺で生き、陸上に危機が迫れば水中に潜り、水中に危険があれば陸上に逃げる。
戦闘力だけでなく逃げる力もあるため捕獲難度も高く、獲得しにくい高級食材の一つだ。
「ええ、ですが、このところ陸でケルピーが見つかることも多いと聞きますな」
だが今は、吉仲、リヨリとイサがグリフォンを倒したことで一時的にダンジョンの余剰の魔力量が増えている。
外界と繋がり、余剰の魔力を排出する仕組みがある“騒がしき揺籃の死海”では、特にその影響も大きかった。
普段より濃密な魔力に気を大きくしたケルピーが地上から逃げずに捕獲されることが増えていて、今吊るされているのもその中の一頭だろう。
テツヤが、哀れなケルピーの太ももから肉を切りだす。




