レベルアップ
高速で動くリヨリに、アリーナ中が言葉を失う。
「……流転刃、いつのまにか使いこなしてるな」
見惚れる吉仲も、呆然とそれだけを口にした。
「……ヤ、ヤツキ……?」
ガテイユは、ついにその既視感の正体に気づいたのだ。驚愕のあまり、ただそれだけをつぶやく。
リヨリの手際は、かつて自身が勝負し、そして敗れた男の動きによく似ている。
思えば、食の革命児の二つ名は、ガテイユとの戦いの後から言われるようになったのだ。
マルチェリテも感心したように同意した。エルフの集落で見たヤツキの動きに瓜二つだ。
ただ、彼女はそうなった理由に心当たりがあり、ガテイユほどの驚きはない。
「ちょっと待って、あの動きはヤツキの動きに近いというの?そんな技術、今まで見せてこなかったけどここまで隠していたのかしら?」
「ふむ。あそこまでの動き、一週間やそこらで習得できるわけもありませんからな」
シイダの言葉にベレリが同意する。しかし、釈然としていないようだ。
「……だが、紫の包丁は使い始めたばかりでは?リヨリはあれを、完全に使いこなしているようにも見える」
二人の言葉に、吉仲は、そこで原因に思い当たった。
<……リッチとの戦いで身につけたのねぇ>
ナーサが感慨深くつぶやく。吉仲とマルチェリテがうなずいた。
リッチとの戦いの最中、リヨリはヤツキの魂も含め、リッチに囚われていた魂達の力を借りて戦った。
そしてそれは、リッチと対抗するための剣技を教えるだけに止まらなかった。
魂と魂が触れ合ったのだ。
その人間が生涯掛けて培ってきた知識、経験、体の動かし方が、一部とはいえリヨリの魂に直に流れ込んだのだ。
魂のリンクが切れた時、その大部分は離れていったが、彼女の魂は確実に影響を受けている。
そして、その中にはヤツキの動きも含まれていた。
極めた技術の中には、他に応用できることが無数に含まれている。
ヤツキの戦いの体捌きは、ヤツキの調理時の動きにも多くの共通点があったのだ。
リヨリが気づいたのは、戦いの翌日、晩の料理をした時だった。
最初はいつもの自分の動きじゃない、しっくりこない感じ。ただの違和感でしかなかった。
疲労で思い通りに動かせていないだけかとも思ったが、日を重ねても元通りにならない。
身体がしっくりこない感覚はさらに焦りを呼び、そこからの三日間、リヨリが不機嫌だったのはその違和感が一因でもあった。
だが、それでも都に戻って料理を繰り返すたびに、その動きはいつもより速い身のこなしに感じてきたのだ。
自分のやり方に固執せず、リッチとの戦いを思い出しあえて身を委ねてみることにした。
そしてその動きを何度も頭の中で思い描く。リヨリは、唐突にすべてを理解できた。
いつも見てきた、父の動きだったのだ。
リヨリの無駄な動き、良くないクセは都でイサにしごかれ、大方が強制されている。
その修正だけでもスピードが上がったことを実感していたが、身を委ねた時、自分がさらにもう一段上のレベルにいることに気づいた。
父の動きだけではない。
トーリアミサイヤ王女から学んだ宮廷料理の技法、そして流転刃の動きと組み合わせることで、リヨリの動きはさらにスピードを増す。
ヤツキの動きは呼び水となり、リヨリが今まで学び経験してきたすべての知識と技術が結実している。
身体が軽い。
「おおっとリヨリ選手!なんだこの素早い手捌きは!まるで腕が何十本もあるようだ!」
今のリヨリの動きは、イサや肉体を賦活したフェルシェイルにも勝るとも劣らない。
その顔には、父と料理をしている時のような幸せな微笑みを浮かべていた。




