謎の食材、不思議な動き
テツヤが小ぶりのナイフでスライスしているものは、黒く、いびつな球体だ。
「たしかに……イモのようにも見えますが……マルチェリテさんはご存知ですか?」
ガテイユが見当もつかないというように首を振った。
マルチェリテがテツヤの手元と、手元を写すビジョンズを注視する。
テツヤの手のひらに収まるサイズ、表面は細かな穴が空きぶつぶつとしている。刻んだ中も黒い。
たしかにイモの塊茎か、トリュフのような地下に形成されるキノコのようだった。
だが、自然の恵みに関して博識な彼女にも、その正体は分からなかった。
「……ダメです、わかりませんね」
マルチェリテも力なく肩をすくめた。吉仲はマルチェリテとテツヤの手元を見比べる。
「マルチェでも分からないのか……」
いくつもの黒い塊のスライスを続けるテツヤを尻目に、リヨリが調理台の前に立った。
「おおっと、リヨリ選手,食材収集は終わったのか!?」
司会の言葉に、アリーナ中の注目がリヨリに集まる。
調理台の上は所狭しと食材が並んでいた。
肉の塊に山積みの野菜、魚の切り身に調味料。一つ一つの食材はそれほど量はないが、多くの種類が少しずつ、調理台からあふれるほど載っている。
リヨリは何度も食材置き場を往復し、様々な食材を集めてきたのだ。
「随分と多くの食材を使うな……」
「あれら全てを使う料理……ですか?」
「フルコースかしら?でもたった一人で作りきるには時間が……」
審査員と観客達は驚きと戸惑いでリヨリを見るが、リヨリ自身は意に介していない。
リヨリが白布をはぎ、紫の包丁を取り出す。魔包丁・流転刃だ。
陽光を反射する玉虫色の刃は、リヨリの感情を反映しているのか、澄んだ輝きを放っている。
思わず見惚れるほどの美しい刀身だ。
<……迷いは、無いみたいね>
フェルシェイルの言葉と、リヨリのタイミングが一致する。
まるで言葉を合図にリヨリが動き出したかのように見えた。
次の瞬間には、食材が舞う。観客から驚きの声が上がった。
右手に握る流転刃は次々と形を変えつつ、食材に合わせて切り出し、削ぎ、穴を開ける。
一方で縦横無尽に動く左手が食材を取り上げ、置き、抑えて、再びそれぞれの場所へ動かす。
切り終えた一部は籠へ、別の一部は鍋やバットへ、リヨリは流れるように処理していく。
大量の食材は運び込んだ時点で最適な場所に置かれているらしい。
リヨリの動きに一切の淀みはなく、軽やかに舞っている。
次から次へと食材を切り出し、あるものは煮立った鍋に入れ、あるものは水にさらす。
見ているだけで目が回りそうなスピード、そして一目見ただけでわかる技術の高さだった。
「宮廷料理の技法に、あの紫の包丁が加わった……のか……?」
ガテイユは今見ている物が到底信じられずつぶやいた。
この料理大会で、多くの料理人達が素晴らしい調理技術を見せてきた。
ハペリナの種族スピード、トーリアミサイヤ王女の宮廷料理の技法、イサの食材構造の熟知と技術が噛み合った神速に、フェルシェイルの炎の魔法による肉体強化。
今までのリヨリの動きもけっして遅くないとはいえ、彼女たちに比べれば一段二段は劣る物だった。
だが、今のリヨリの動きはそれ以上の身のこなしに見える。
「い、いや。なんだ?あの動きは……」
ガテイユは自らの目を疑う。たかだか一週間で身につけた動きには到底見えなかった。
それどころか、彼自身もよく知る男の動きがオーバーラップしたのだ。




