決勝戦開始
それから三日は、何事もなかったかのように経過した。
真夏の太陽が空気のドームに照りつけ、料理大会のアリーナは外側からは白く輝いて見える。
最後の勝者に与えられる栄誉の光のようだ。
中は幾分涼しいが、それでも観客たちの熱気で蒸し暑い。観客は超満員、立ち見も出ている。
二つの調理台に挟まれたアリーナの中央には、司会がただ一人。厳粛な顔で立っていた。
「……さあ……みなさん。お待たせいたしました。準備はいいですか?……長らく続けていた王都カルレラ料理大会は、泣いても笑っても本日が最後……決勝戦となります!」
超満員の観客が歓声をあげる。
マルチェリテは音の大きさにクラクラとしている。慣れているはずの吉中もその叫びに圧倒されるほどだった。
リヨリとは、あの後から会っていない。
ナーサから伝え聞く話では、テツヤの話は一切していないらしい。
むしろ、ナーサが父と吉仲の身の上を内緒にしていたことを怒り、その怒りを解くのが大変だったとぼやいていた。
「……それでは栄えある決勝まで勝ち残った、間違いなく都でトップのお二人に入場していただきましょう!」
門が開き、純白のコックコートを身に纏った少女が立つ。あどけなさを残した顔立ちに、真剣な表情が浮かぶ。瞳はこれからの戦いに燃えていた。
陽光を反射し、コックタイに入ったラメがキラキラと輝く。
王女が来ていた物と同じ生地だ。決勝を前に、王女から贈られた晴れの衣装だ。
「……リストランテ・フラジュ料理長!父は食の革命児で名高いヤツキ!何者にも真似のできないたぐいまれな発想力で破竹の快進撃を繰り広げる、大会最年少の料理人!リヨリ選手!」
万雷の拍手を受け、照れ臭そうにリヨリがアリーナの中央に進んだ。
再び門が開く。黒ずくめの中年の男が、ぬうっと姿を現した。
その目は相変わらずの深い穴だ。決勝を前に何の感情もないようだ。
男のまとう暗い雰囲気が観客の声も幾分トーンダウンする。彼を見た誰もが、真夏の光が弱まるように感じた。
「すべてが謎に包まれた、通称“死神”!ふらりと現れ、人々の魂を美食で刈り取る実力者!深い思想に裏打ちされ、大胆な発想に磨かれた刃は、今日も冴え渡るのか!流れの料理人!テツヤ選手!」
だが、司会の口上でリヨリに負けず劣らぬ歓声と拍手が爆発した。
テツヤがアリーナの中央へゆっくりと進み、リヨリと対峙する。
「吉仲から全部聞いたよ。お父さんのお兄ちゃんなんだって?……テツヤ伯父さん、になるのかな?」
「――え?」
反応したのは、司会だった。
テツヤは、リヨリを見るが特に表情は変えない。
「……吉仲は伯父さんを救えるのは私だけって言ってたけど、やっぱりよく分かんないや。……でも、負けないよ」
闘志に燃えるまっすぐなリヨリの目を前にしても、テツヤはやはり反応がない。
司会が戸惑いつつも両者を見比べる。
リヨリは、深呼吸をして威儀を正した。
「リストランテ・フラジュ、料理長リヨリ。……初代ランズが興した店と……父……ヤツキの名に賭けて、料理の味での勝敗に異論を挟むことなしっ!」
アリーナが歓声を爆発させる。
テツヤが深く暗い双眸で、リヨリをぼんやりと見つめた。その目に見えるのはリヨリか、ヤツキか。
リヨリは力に満ちあふれている。食材を見つけられたのだろうかと吉仲は心配になった。
「……流れの料理人、テツヤ。……賭ける物など何もないが……勝敗に、異論は挟まない」
「――それでは決勝戦!試合開始です!」
リヨリの気迫に押され、テツヤに吸い込まれるように司会が高らかに開戦を宣言した。




