眠れない夜
その晩、吉仲はベッドに寝ころがり、今までのことと、テツヤの言葉を何度も反芻する。
自分がここに来た時は死の瞬間を忘れていた。
そんな状態でリヨリの店に居候したことで、この世界に順応することができた。
順応できたのは、料理勝負審査のインパクトが強かったからかもしれない。
もし、その死を覚えていて、浮浪者としてこの見知らぬ土地に放り出されたら?
突然殺されたあと、こんなファンタジックな世界に飛ばされても恐怖しか感じないだろう。
想像するだけでゾッとする。
そして、ふと思ったのだ。なぜ、テツヤはこっちの世界へ来れたのか。
ヤツキは牛丼屋のある土地で死ぬことで転移すると言っていた。
料理の死神の噂が出始めたのは、自分がこの世界に来た頃と一致する。
つまり、テツヤは自分を殺したあの直後に死んだのだろう。
吉仲は、思ったよりも冷静に、どこか他人事のように自分の死を思い出す。
あの時店にいたのは、パートのおばちゃんともう一人のバイト。あとは二、三人の他の客だけだ。
彼女らがテツヤを殺害するとは思えない、多分目の前で通り魔殺人が起きたら逃げるだろう。自分だってそうしたはずだ。
警察が来たとしても、殺さずに取り押さえらえれるはずだ。
そうなると、考えられるのは警察が来る前の自殺。
自分に殺される理由はない。
だが、外の人間や近くにいた他の客ではなく、確実に牛丼屋の店員の自分を狙ってきた。そしてそのあと、おそらく自らの死を選んだ。
何か突発的で、衝動的な殺人だったんじゃないか。そして、衝動のまま自殺する。しかし、彼を待ち受けていたのは異世界だった。
あの旅商人あがりのパブの店主がテツヤを保護し、その義理で料理人をしているということであれば、そのあとの筋も立つ。
だが、テツヤの前に審査員として吉仲が現れた。
殺した相手と、会話する。あまつさえ料理を提供し、そして審査されている。
テツヤはどういう気持ちなんだろうかと考えはじめたのだ。
もう一度、昼間のことを思い出す。
あの時、思わず自分が言った言葉は、テツヤを気にかけるものだった。
テツヤにしてみれば、自分が殺した相手が、恨みをぶつけてくるわけでもなく、むしろ命を奪った自分のことを心配しているのだ。
それを地獄だと、あの男は言った。
テツヤが初めて見せた驚きの表情のあと、かすかに悔恨がにじんでいたようにも見えた。
死神は、吉仲を殺したことを悔いているのではないか、そして、罰が与えられないこの世界に絶望しているかもしれない。
ただの吉仲の思い過ごしかもしれないが、吉仲自身はそう思いたかった。
吉仲自身にとって、この世界に来てからのことは濃密だ。大事な仲間たちもできた。今は元の世界に戻りたいと思わなくなっている。
殺されたことを感謝しているとまではさすがに思えないが、それでもテツヤに怒りや恨みは感じていなかった。
だが、このまま絶望に沈んだままのテツヤがいるのは、なんとなく座りが悪い。
被害者と殺人者、審査員と料理人という関係だが、ヤツキとの因縁もある。
ヤツキ。人の良さそうなあの顔を思い出す。そして意思の強そうな瞳も。
そして結論にたどり着いた。
自分が何を言ったところであの男の絶望は変えられないだろう。
絶望から救えるのは、リヨリだけだと思った。




