死神の居所
準決勝の後、食通達はリヨリにグリフォンの肝をごちそうになった。
それは勝負とは直接関係のない、食通としての好奇心を満たすためだけのものだ。
その事実を知るものも、ほとんどはグリル・アシェヤにいた人間――店主のサリコルと、リヨリの村の老人たちだけだ。
だが、片方からだけ、特別な料理を振る舞われたと言えないこともない。
その事実が第三者に知られるだけでも、余計な疑惑を受ける可能性が十分にある。
吉仲の騒動の後で、彼らもことさら周りの目に気をつけるようになっていた。
そこで、ベレリ、シイダ、ガテイユの中で、テツヤにも同様に料理を振る舞ってもらおうという話になったのだ。
リヨリだけでなくテツヤからも料理を食べることができれば、料理がなんであれそれで帳消しだ。
重要な決勝を前に、二人に事前審査をしたという言い訳もできる。
ただし、テツヤの普段の居所を知る者は誰もいない。
べレリとシイダ、ガテイユのそれぞれの情報網をもってしても、いくつかの決まった場末の店に予告もなくふらりと現れ、料理をして去っていくらしい。ということしか分からなかった。
その小さな店の店主たちですら、テツヤが普段どこにいるかは知らないのだ。
場末のパブや居酒屋を、一人か、せいぜいが家族とだけで切り盛りしているような小店舗の店主達は、相場より安い価格で、ありあわせの物で美食を提供するテツヤに感謝している。
テツヤ自身の雰囲気も相まって、プライベートを詮索しようとする者は誰もいない。
また、客側もテツヤを知るのは大半はその場末の盛り場の常連だ。
彼らにとって、たまに遭遇する死神は幸運以外の何者でもない。
酔客が話しかけることもあるが、テツヤが反応することはないという。
中には店をハシゴしてでも探そうとする貪欲な食通もいるが、彼らはテツヤが騒がれるのを嫌うと知って、自身の親しい人間にも詳しい話を教えていなかった。
そうして、たまに人々の前に現れ、食べた者の魂を刈り取るかのような美食を提供する死神の噂は、そういった人間たちを通してまことしやかにささやかれるのみだったのだ。
追いかけると姿をくらまし、たまに気まぐれに人の前に姿を表す死神テツヤ。
ベレリ商会が人探しを苦戦したのは、吉中たちが初めてではなかった。
「……本当に……ここにテツヤが来るのか?」
吉仲が煮豆が散ったサラダを食べつつベレリに聞いた。
素朴でなつかしい味だった。豆は少し煮えすぎだが、都ではほとんど美食ばかりだったから、こういう料理も悪くない。
食のエリートとでも言うべきガテイユやシイダとは縁もゆかりもない、旅商人あがりの主人が営む場末のパブだ。
「おそらくな。確実とは言えんが……」
店のカウンターに食通達が並んでいる。
料理趣味が高じて店をやっている店主は、自身の料理を噂に名高い料理大会の審査員達に食べられることに顔を青白くさせている。
食べてもらえるのは光栄だが、酷評されたらどうしよう、と表情で物語っている。
この二日で部下が調べた情報だと、ここの店主が都に来る前のテツヤを知る人物らしい。
そのために、テツヤがこの店に立つ確率が高いとのことだった。
「お言葉ですがねベレリさん。テツヤさんが来ることなんて期待しちゃいけませんよ……あの人はね、来てほしいって思うほど来ないんだもの」
それでも、人なつこい顔をした店主は、気を取り直してベレリに話しかける。
「……かもしれんな、そうであれば他の心当たりを探すさ」
ベレリは同意するようにうなずく。自身も旅商人だったこともあり、ベレリもこの店主には好感を抱いていた。
それに情報網を使って店は網羅しているし、部下をそれらの店に張らせてもいる。
テツヤの生活は大会があってもなくてもさほど変わらないらしい。
気まぐれで動かない日でなければ、いずれは行き会えるだろう。
「あ、これね。オススメのボーンフィッシュのフライ、山の方でよく食べられる、ちからの実のソースをつけてどうぞ」
気難しいと噂のベレリの柔らかな態度に気をよくしたのか、店主は次の料理を出してきた。
吉仲は一口かじる。
リヨリの料理に比べると数段落ちるが、この味も懐かしい。揚げ加減が、昔によく行っていた安居酒屋のフライに似ていた。




