魔術師のないしょ話
吉仲の表情を堪能したナーサは、くすくすと笑い出した。
「……ふふ、そんなわけないわよぉ。やっちゃんのいう通り、空間のゆらぎで二人がこっちに来たのだとしても、それをリッチが操れるわけがないわぁ」
「そ、そうなのか?」
吉仲は戸惑い、マルチェリテを見る。マルチェリテもほっとため息をついた。
「いたずらが過ぎますよナーサさん……。いいですか吉仲さん、条件を変えたところで、それを取り巻く状況も同じように変化し続けますから、試行錯誤をしたところで可能性は上がりません」
吉仲に美食王の舌を与えたのがリッチだったとしても、都合よくイサとリヨリを戦わせることまではできない。
まして、その後の未来などその時はまだ混沌の中だ。
リッチに未来視ができたとして、吉仲やヤツキに何かしらの魔術をかけたとしても、未来を操れるわけがないというのがマルチェリテの結論だった。
「吉ちゃんごめんねぇ。ちょっとからかってみただけよぉ」
ナーサは舌を出し吉仲へ謝る。
形のない不安を煽られ、そして一蹴された吉仲は、ようやく一安心する。
「はぁ……驚かすなよ……」
一安心した吉仲を、急激な眠気が襲う。マルチェリテのハーブティーが効いてきたのだ。
昨日も戦い、今朝は早起きし、そしてまた激闘だ。リヨリやフェルシェイルほどでないにせよ、吉仲の疲労も限界を超えていた。
「……悪い、先眠る……」
「おやすみぃ」「おやすみなさい」
ベッドへ向かう吉仲の背を笑顔で見送る。
吉仲が扉の奥に消えた後、魔術師二人は急に真剣な面持ちになり向き合った。
「……マルチェちゃん、今の話どう思う?」
リッチが吉仲の舌を鋭敏にする“祝い”をかけたのは、まず間違いなさそうだ。
呪いと祝い――魂に直接働きかける魔術は、解呪の儀式を行うまで解かれることはない。
呪いも祝いも、術者の死後も受けた者の魂の力を吸って駆動し続けるのだ。その分、掛けられた魔術以上に良くなることも悪くなることもない。
言葉はかわさなかったが、二人の意見は解呪をしないことで一致していた。
呪いならいざ知らず、祝いを解くのは吉仲の能力を取り上げるだけだ。
そしてそれを知るのはこの二人のみ、吉仲の舌は今後もそのままだろう。
ヤツキは元から料理をしていたと言ってたが、もしかしたらヤツキにも何かしらの祝福の力が与えられていたのかもしれない。
「……そうですね。リッチの性質からして、どれほど迂遠で、大掛かりな方法だったとしても成功する可能性がそれなりにあれば選ぶかと」
ナーサは吉仲を安心させるために芝居を打ったが、実際はヤツキの言った通りだったろう。
マルチェリテはナーサが本当のことを打ち明けるのかと思い焦ったのだ。
全てはリッチの描いた絵図通りだった。ただし、全てが全て思い通りである必要はない。
おたま――自らの骨を用いて、吉仲が王都のダンジョンで一定の魔法を使う。
そして、吉仲自身が骨を持った状態で地下牢ダンジョンに戻って来る。
リッチの目的にとって必要なのはそのニ点だ。そこだけに絞れば未来を見るまでもなく可能性は格段に上がる。
ダンジョンに入るきっかけが何で、どの魔物に魔法を使うか、なぜ地下牢ダンジョンに戻るかはリッチの知ったことではない。
そしてリッチの骨という、魔術の理をねじ曲げるほど強大な、異物クラスの魔法道具を手にいれた人間の生涯の間に、それらのイベントが起こる確率は決して低くない。
強大な魔術師として王都に行けば、ダンジョンに入る蓋然性は高い。
骨を通して王都のダンジョンで魔術を使ったことは感知できる。
後は、スケルトンを使い、ノームを破りポータルを壊せば、いつかは人々の噂に登り地下牢ダンジョンを調べに来る可能性もある。
そして、他にも特別な能力を持つ人間であれば、誰かしらに見いだされる可能性も増える。
そうなればますます都へ行く可能性が高まる。吉中は、それがたまたま舌だっただけだろう。
歳月は掛かっても試行を繰り返していれば、いずれは起こりうるだろう。
吉仲のなりゆきは本当にたまたまそうなっただけだ。だが、それを少しだけ早く回したのは疑いようもなかった。
ナーサが、ため息をつく。




