なりゆきか、運命か
<リッチ自身と王都のダンジョン、そして異世界を繋ぐために必要だったのが、俺たちの故郷から来て王都の地下ダンジョンで魔法を使う存在。……それが、君だったのさ>
「お、俺は……なりゆきで……」
吉仲は面食らった。
王都の地下ダンジョンに入って魔法を使ったのは事実。しかしそれらは完全になりゆきだ。
ミジェギゼラの怒りと陰謀、リヨリの救出、グリフォンに襲われ戦ったこと、エクスポーション。どれもその場その場の積み重ねで、たまたまそうなっていったに過ぎない。
いずれも、吉仲自身が望んだわけではない。そもそも、王都に行ったこと自体がなりゆきなのだ。
右手の骨は、さらに軽く、脆く感じる。少しでも力を込めればそれだけで割れそうだ。
「そうだ、あんたは……?リッチには外れって言われてたけど……」
ヤツキも世界中を旅していたはずだ。だが、ヤツキは苦笑する。
<外れか、残念だな。……まあ、俺も昔旅してた時に聞いた話だけど、魔力を常人より鋭く、細かく感じ取れる人間には、他の人達が導かれていく、抗えない“何か”が見えるらしいよ>
ヤツキがまじまじと吉仲を見る。
見つめられた吉仲は何か照れ臭くなるが、ヤツキが苦笑し肩をすくめた。
<俺にはさっぱりだ……それを運命と呼ぶ人もいたし、川の流れに喩える話も聞いた。もっと漠然とした引力のような力と考える人もいた。……リッチにしか見えない何かがあったのかもな>
ふとその時、吉仲の頭にある考えがよぎった。
……もし、自分の舌すらもリッチが与えた能力だとしたら?……店の前で行き倒れてからの全てがリッチの筋書きだとしたら?
何もかもが仕組まれていたと考えると、底知れない恐ろしさに背筋がぞくりと冷たくなる。
だが、そんなことはどうしようもなく、今さら確かめる術もないことだ。
吉仲は自分の妄想を振り切るように頭を振った。振動で、骨の腕がみしりと軋む。
そして、釈然としない表情でヤツキを見る。
ヤツキの身体も、ゆっくりと透け始めていた。周りの魂はすでに消え、空間には吉仲とヤツキしか残っていない。
<……納得は行ってないみたいだな。でも俺は、言いたいことを言えてスッキリしたよ。巻き込まれた同郷の君には、どうしても知らせておきたくてな>
「同郷……そうだ。それならテツヤも……」
吉仲の脳裏に死神の顔が浮かぶ。
あの店で吉仲を殺したテツヤもこの世界に来た。つまり、あの後、店で死んだということか。
<……テツヤか……リヨリも言っていたが、まさか君と一緒にきたのか?えーと……四十代半ばの、痩せてて目つきの悪い男か?>
吉仲は、戸惑いつつもうなずく。
ヤツキは渋い顔をした。
<もしかしたらだが……テツヤというのは……>
最後の一言に吉中は耳を疑った。
同時に心残りの消えたヤツキの身体が、いよいよ薄くなり始める。足は消え、今や腰から上がぼんやりと見える状態だ。
「え?おい!ヤツキ!」
吉仲が握るリッチの右手が、音を立てて弾ける。
<お互いに時間みたいだ、詳しく聞けなくてごめんな……ああ、そうそう。リヨリのこと、よろしく頼むよ>
「ちょっと待ってくれ!」
ヤツキは満足そうな笑みをたたえ、消えていく。
<あの様子じゃ……心配は……いらなさそう…………だけど…………さ………………>
「ヤツキ!!」
腕を伸ばし、ヤツキをつかもうとした吉仲が目を覚ます。
真っ黒な天井に伸びる、ボロボロの自分の腕。心配そうな顔で見つめるリヨリとナーサ、そしてマルチェリテ。
そこで思い出す。最後の一撃を放った吉仲は、そのまま意識を失ったのだ。




