バックアップ
リヨリとフェルシェイルが二人で戦っている間、ナーサは吉仲に一つ、考えを伝えていた。
リヨリが戦況を覆せればそれで良し、だがそれでもリッチを倒しきれない可能性も拭い去れない。
リッチが勝利を確信したとき、意識の外から攻撃を加えること。ひるませて骨の右手で触れること。
吉仲がリッチの身体に干渉できれば、まだ逆転のチャンスはある。
作戦と呼ぶにはあまりにも心許ない物だった。だが、バックアッププランは見事に機能した。
吉仲は最後の風の魔法が弾かれた時、最後の爆弾も一緒に飛ばしていたのだ。
自分を無力化した時こそ、リヨリに集中する。そこが狙い目だと。
風の力は狙い通りリッチの目の前に爆弾を運び、そして炸裂させた。
吉仲がリッチに駆け寄る。
右腕を通してリッチに干渉できるのだ。今の魔力の薄さならリッチの肉体を崩せるはずだ。
<……グオオオオォォ>
地の底から響くような呻きをあげるリッチに、吉仲が骨の右腕を突き立てる。
「わっ!」
しかしリッチには、吉仲の動きが見えていた。目が見えない状態でも、右腕の気配は感じられたのだ。
白煙の中から人差し指と親指のみとなった左腕を伸ばし、振り下ろされる右手を掴んだ。
吉仲が右手で上腕骨を持ち、リッチの左手が自身の右掌を握る。骨を使った綱引きの状態だ。
<……かえしテ……もらうゾ……>
リッチも圧倒的な力はなくし、左腕の空気の鎧を保つのが精一杯のようだ。一気に引き込むことができない。
煙が薄くなり、リッチの顔が露わになる。
頭骨の左半分が欠けて、骨の中身が見えた、空洞の中に光を放つ赤い宝珠が浮いている。
身につけている他のくすんだ宝飾品とは異なり、リッチの頭骨の闇の中で、不規則な模様を描きつつも輝いている。
これがリッチの本体だ。吉仲でも一眼で分かった。
だが、風の石板も爆弾ももはやない。リッチの空気の鎧が、そろりそろりと骨の右腕を取り巻くのを感じる。
吉仲は振り払おうと力を込めるが、骨の右腕はビクともしない。残った空気の力をすべて集中させているようだ。
このままリッチが操る空気が自分の所まで来たらどうなるだろう、と思った瞬間、背筋が粟立つ。嫌な予感がする。
空気圧で掴んだ腕をちぎってくるかもしれないし、圧縮空気で全身を取り囲み窒息させる気かもしれない。
この距離で圧空穿を撃ってくるかもしれないのだ。
それでも吉中は右腕を離すわけにはいかなかった。そうなれば今までの苦労が水の泡だ。
リッチの左腕から本体を操作しようとするが、リッチの魔力とぶつかりあって先へは進めない。
骨の右腕を通し空気に干渉しようともしたが、それも叶わなかった。
吉仲の手に、ゆっくりと近づく空気が触れる。全身に鳥肌が立った。不吉にも、温度が低い。
フェルシェイルとリヨリは倒れ、ベルキドアも動けない。自分でなんとかする方法を探そうとするが、それも見当たらない。
<……死ネ……>
空気が徐々に吉仲の腕から上へと登ってくる。どうやら、窒息させてくるようだ。
「吉仲!」
切迫したリヨリの声に、吉仲はこの戦いではじめて死を覚悟した。
その時、懐かしい安らぐ香りが鼻腔をくすぐる。




