逆転
リヨリの剣とフェルシェイルの炎は、着実にリッチを追い詰める。今やリッチは防戦一方だ。
風の鎧をまとう左腕を振り回し二人の攻撃をいなし、隙をついて圧空穿を放つのがやっとになっている。
いける。いける。二人は呼応しあって、さらなる実力を引き出す。
一気に勝負を決めようと、力が込もる。
しかし、その力んだ隙を、リッチは見逃さなかった。
<喪神雷衝!>
リッチに近づきすぎた二人を、雷撃が襲う。
「わっ!」「ううっ!」
極端に接近しなければ使えず、身体へ与えるダメージも少ないが、圧空穿よりも素早く放てる、意識を失わせる雷だ。
人体に流れる過電流は、神経の働きを麻痺させ失神を引き起こす。
だが、いくつもの魂の力に後押しされたリヨリ、そして火の鳥の生命力の炎で肉体を賦活させたフェルシェイルはダメージへの許容値も上昇していた。
「……フェルシェイル、大丈夫!?」
「全然!問題な……うっ」
それでも、フェルシェイルの膝ががくりと崩れる。
生命力の炎は呼び出す時に精神的な疲労、魂の力の枯渇が起こる。
休息を取らない限り精神の疲労は蓄積され続け、やがて限界をむかえるのだ。
威力が低くとも雷撃は、一瞬だけフェニクシア=ヴァイタライザの発動を止めた。
そしてそれは、とっくに来ていた限界をフェルシェイルの身体に思い出させるのに十分だった。
「フェルシェイル!」
<手こずらせおッテ……>
リッチの手の先には砂塵を纏った空気の槌。一気に決めに来たのはリッチも同様だった。
「吉ちゃん!」「ベルキドア!」
ナーサの言葉で吉仲が石板から風を放ち、マルチェリテの言葉でベルキドアが飛ぶ。
<貴様らの動きなど見切っておるワッ!>
リッチが防戦一方だったのは事実だ。
今までコレクションしていた魂が剣により集まり、自分の動きを見切る剣士を生み出すなど想像だにしていない。
だが、それでもリッチは、今まで得た戦闘の情報で、すべてを計算していたのだ。
自分の身を守りつつも、戦闘リソースの計算に徹していた。
人間ならば避けようのない疲労は、リッチには無い物だ。
焦りと苛立ちは、敵の動きを止め、確実な死を与えるという新たな目的の前に消え去った。
魔力で駆動する死者は魂が鼓舞され強くなることもないが、魔力がある限り、追い詰められ弱くなることもない。
吉仲の暴風を凌駕する突風を放ち、ベルキドアに空気の槌を叩きつける。
リヨリと、赤熱が消え憔悴しきったフェルシェイルから血の気が引いた。
「ベルキドア!」
マルチェリテの声が響く。
片腕が折れ、全身にヒビが入ったボロボロの人形が、店の壁に衝突する。
建物は度重なる爆炎と暴風に晒され、外壁が落ち、窓が割れ、中がめちゃくちゃとなっている。
元の面影を失い、完全なる廃墟と化していたプレハブの店舗は、さらに人形の衝突で壁に穴が開き、天井が脆くも崩れ去る。
マルチェリテが駆け寄ろうとするが、きしむ店舗はさらなる破壊が起こりそうで近寄れない。
立ち上がれないフェルシェイルは、なんとかリッチから身を守ろうともがく。
しかし、慣れない賦活の連続使用、今までしたことのない黄金の炎の戦闘での使用は激しい疲労を呼び、満足に身体を動かせなかった。
集中が完全に途切れた状態では、呼吸するようにできていた炎を呼ぶことすらできない。無力感を彼女が包む。




