魂の祭壇
ヤツキの魂の他、山と積まれた髑髏の犠牲者達は、リッチに逃されることなく祭壇に封じられていた。
古い者は、ここが元の監獄のダンジョンだった頃からいるらしい。
リヨリにはまったくピンと来ない、気が遠くなるような昔だ。
今、リヨリは抜かれた魂を集約する祭壇の中にいる。
ここはリッチの収集箱だ。彼らは来るべき日のために、リッチに保管されているのだ。
魂となってなお囚われた彼らは、それでも微かな力をより集めて、長い時間を細々と耐え忍んできた。
リッチの目的に利用されるだけの存在だとしても、魂と肉体が離れて時間が経ち、自分自身については何一つ覚えていなかったとしても、リッチを打倒し自由を得るという意志――ある意味で怨念だけは残り続けていた。
しかし魂のみとなった彼らにリッチに抗う術はなく、ただただ永劫とも思える長い時が流れるばかりだった。
そんな彼らの元に救い主が現れたのだ。
それが、犠牲者の娘だったことは、彼らにとって運命の福音にも思えた。
「お父さんは……」
<俺はヤツキの魂だ、厳密にはヤツキじゃない。お前の父親はもう死んだんだ。……だけど、リヨリ……リッチを倒す協力をしてくれないか?>
リヨリは力強くうなずく。
「もちろん!私たち、お父さんの敵討ちに来たんだよ!」
ヤツキが微笑んだ。肉体と精神を協調させる働きを持つ魂には、その人間の全てが染み込む。
魂達の中でも新参者のヤツキには、生前の記憶が一番色濃く残っていた。
<今リッチは左腕でしか使っていないが、あの動きは多分罠だ。きっと何かを仕組んでいる>
リッチは左腕で暴風を巻き起こし、吉中達を痛めつけている。
それが、そこに意識を集中させる動きだとしたら?リヨリにも危険がすぐに分かった。
「え?じゃあ早く伝えないと!」
<そうだな、それと……その鞄の中身を貸してほしい>
ヤツキがリヨリが持つ鞄を指差す。
ここは髑髏の山の中の、意識だけの空間とも言うべき場所だが、吹き飛んだ時に握りしめていたお陰で、持ち込むことができていた。
「?」
リヨリが、不思議そうな顔で鞄を開ける。
自分の日用品と、白い布で包まれた包丁二振り。愛用の品と、もう一本。
リヨリは、父の言葉の意味を理解し、白い布を解く。紫色の刀身に玉虫色の輝きが煌めく。
イサから継承された魔包丁・流転刃だ。
リヨリが流転刃を握る。紫の刀身はリヨリの心情を反映し、ぎらぎらと落ち着かない光を放った。
<俺達の力なんて、そのままじゃ取るに足らない。本当はリヨリ達がここまで来れても、今の話を教えて注意を促すことしかできなかったんだ>
ヤツキの周囲に立つ茫漠とした人影は、再び人型の光となり、寄り集まってリヨリが握る流転刃に入っていく。
<だけど、リヨリ、お前がここに来たことは、本当に幸運だった>
リヨリはイサの言葉を思い出す。気を鎮めて振るわなければ流転刃は人を惑わす。
リッチへの怒りと恐怖、父に会えた嬉しさ、仲間達への心配。
リヨリはこんなにも感情が溢れている状態で流転刃を振るえるとは思えなかった。それにイサには戦いには使うなとも言われている。
<……大丈夫さ、イサは優しいヤツだから>
リヨリの感情を読み取ったヤツキが柔らかくリヨリを抱きしめると、光となって流転刃に飲み込まれて行った。




